難民の日のスタンディング、仕事終わりだったのでちょっとしかいられなかったけど参加しました! ドギマギしすぎていつもスピーチができない。ふがいなくて悔しいな。
たくさんのひとにアピれる場でスタンディングできるってすごく貴重なことだ。「日本にも難民はいます。ただ難民と認めないだけで」このひとことだけ言えればよかった。せめて代わりにここで。でもここは新宿の路上ではない。あそこでしかすれ違わないひとがきっといた。
https://www.japanforunhcr.org/refugee-facts/World-Refugee-Day
これも骨、これも骨…「沖縄の土を海に捨てるのは冒瀆」 辺野古への投入断念を迫られ、国の担当者はうつむく https://www.tokyo-np.co.jp/article/334433
「日本人の心」?
ないよないないそんなもの
あったらこんな事しませんよ
デモやプロテストに参加される皆さん、国民救援会の存在は知っておいてほしい
官憲の不当行為に対抗するノウハウをたくさん持っているので…
『関心領域』
自分もヘスのようになってしまうかもと我が身を振り返ることと、自分はりんごの少女になるのだと理想を持つこと、両立可能で両方大切だと思うのに、後者を言う人はほとんどいない。傲慢に聞こえるから?でも理想を持つのは傲慢なのかな?
自分は虐殺する側ではなく助ける側になるんだ、りんごの少女になるんだと決意するのだってあの映画を見た大きな意味だと思う。でも「自分もヘスと同じだ(同じになりかねない)」式に語る人はたくさんいても、「りんごを配る側になるんだ(そうでいたい)」という声は本当に少ない。
残酷になることは現実的なリスクで、勇敢になることは非現実的な理想に思えるのかな。でもりんごの少女だって実在のモデルがいる。虐殺する側になるのと同じくらい、助ける側になれる可能性も私たちにはある。その可能性に怯えたくない。
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』感想
水木しげるの”戦争を引きずる”あの『ゲゲゲの鬼太郎』の手触りは特別だった…と今さらながら噛みしめる。本作も日本社会の保守的な歪みを自己批判的に描くことから逃げない姿勢をみせたことは、とくにこの時代にとってとても大事だと思いました。ゲゲ郎を主人公とするスピンオフのシリーズで、戦時中の日本を舞台にしてくれないかな… #映画
> 公明内にも自民を追い込みすぎた場合の連立関係に与える悪影響を懸念する声もあり、公明幹部は自民側と早期に妥協すべきだとの判断に傾いた。
>ただ、隔たりを残したまま容認に転じた公明に、自民幹部は拍子抜けしたようにこう漏らした。「公明も、あんないい加減な自民の案でいいのかよと思うけど」
自分でも『いい加減な案』だと思ってる自民と、それにすり寄る下駄の雪。
どうしようもない連中ですね。
こんな国で生きていける気がしない
『介護施設送迎車死傷事故、運転の75歳は三つのアルバイトを掛け持ち…年齢7歳偽り採用される』
https://www.yomiuri.co.jp/national/20240515-OYT1T50084/
Twitterから離脱。ツイ本垢はROM用に残しつつマストどんにて統合。