少しでも時間ができればフラッシュバックのように襲ってくる出来事の記憶と痛みを人はどう体験しどんなアクションで応じているのか、死ぬ以外の方法を詳細に描写したい気持ちで毎日書いていたらなんとなくブログとnoteを使い分ける感じになった。今も体験しているように感じる搾取を含め、主にセクシュアリティに関する傷つきをナラティブにする作業。暇はないがやらないと心が殺されそうになったまま思考停止し結局ぼんやり過ごしそうだ。ああ、これがいろんな人が怒り声をあげようとしている理由かという実感を得たからやれることをやろう。搾取した相手は今日も平然と自分のしんどさだけを呟き自分だけが心地よい状況を維持するだろう。そんな事態に慣れることはないがそうだとしてもできることをとりあえず記述しつづけてみようと思う。
疲れ果てた帰り道でも嫌なこと思いだしては安易にぶちまけないように努力するのはこっち。相手にも相手がいてその人たちになにかされたわけではないから。と思って我慢してきたのだけどこんな記憶のせいでやるべきことに手がつかない毎日はまずいから本人に伝えようと思うけど伝わる相手だったらこんなことにはならなかった。見たいものだけ見て家族にも嘘をついている人が書き物も口もうまく天性の人たらしゆえにまるで何かを大切にする達人みたいに今日もいわれているね。どこまでも軽薄に人のこころを踏み躙る人にエネルギーを割くのはいつも立場が弱いほう。と書いてたらウトウト。疲れた。
私だけのことじゃないよ。