『緑さす』
その原っぱに一脚の椅子があることを知る人はいない。誰かに置き去りにされて、再び座られることもなく、長いことそのままでいる。
つる草が背の格子に巻きつき花を咲かせた。小さないきものが座板の陰に潜り込み、ひとときの住まいとした。虫たちは脚をよじ登っては這い降りて、そこかしこにかじりつき腹を満たした。
椅子は音も無く傾いだ。椅子はかさかさに乾いた。雨に晒されてひたひたと水を含み、風に揺すられてまた乾く。やがてはその身を腐らせ崩れ落ちた。
いまや原っぱのひとかけらとなった椅子のことを、もう誰も知ることはない。原っぱには、遠く向こう側まで続く真新しい緑と、明るい日差しがさざめいている。