ラブクラフト「アウトサイダー」は現在流通するものだけで平井呈一・南條竹則・大瀧啓裕の3人の訳があり、翻訳と文体の研究に適していると思う

冒頭の"Unhappy is he to whom the memories of childhood bring only fear and sadness"はhe〜sadness(主語)とunhappy(補語)が倒置されていて、unhappyを強調する形になっている。このheはおそらく「彼」ではなく一般的な人を指す。to whom〜sadnessは形容詞節でheを修飾。to whomは節内では副詞句で動詞修飾。
それでは今手元にある南條訳(「アウトサイダー クトゥルー神話傑作選」に収録)と平井訳(「幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成」に収録)と私訳を比較すると
私訳「幼少期の記憶が恐怖と悲しみしかももたらさない者は不幸である。」
南條訳「子供の頃の記憶が恐怖と悲しみしかもたらさないものは不幸である。」
平井訳「幼少時代の思い出が、ただ恐怖と愁思のみしかもたらさぬ者こそ、不幸なるかな。」
私訳と南條訳はchildhoodが幼少期か子供の頃かの違いだけで、それ以外はおなじ。南條は平易な翻訳を目指している事が分かる。対する平井訳は「うれい沈む気持ち」という意味の古風な表現を使ったり(そもそも翻訳した当時が1957年なので古くて当たり前だが)、強意の「こそ」や詠嘆の「かな」を使っていて、

時代小説の文だとしてもおかしくない仕上がり。カッコええ

続き。
"Wretched is he who looks back upon lone hours in vast and dismal chambers with brown hangings and maddening rows of antique books, or upon awed watches in twilight groves of grotesque, gigantic, and vine-encumbered trees that silently wave twisted branches far aloft."
この文もまた主語と補語が倒置され、補語を強調する形になっている。
一文が長く、並列関係や従属関係が分かりにくいので、以下の様に書いてみた。

he〜aloftが主語でwretchedが補語。who〜aloftが形容詞説でheを修飾。whoは関係代名詞で形容詞節内の働きは主語。antique booksの後のカンマはlook backに付く前置詞uponが作る副詞句を並列している。that〜aloftは形容詞節でtreesを修飾。thatは関係代名詞で節内の働きは主語。正直あまり理解出来ていないが、苦し紛れに訳してみると、
私訳「褐色の壁掛けがあり、不快な骨董本が並んだだだっ広く陰鬱な部屋で過ごした孤独な時間や、遥か高くで捻れた枝を静かに揺らす、グロテスクで、巨大で、蔦の絡んだ木々が繁っている黄昏時の木立での畏怖を抱かせる様な夜警を回想する者は哀れである。」
DeepL訳「茶色い掛け軸と気の遠くなるような古書の列がある広大で陰気な部屋での孤独な時間や、グロテスクで巨大な、そして蔓に覆われた木々が静かにねじれた枝をはるか上方に振り回す黄昏時の木立での畏怖に満ちた観察を振り返る人は哀れである。」
南條訳「茶色い掛け物がかかり、人を狂わせる古書の列んだ広い陰気な部屋で過ごす長い時間や、遥かな高処でねじれた枝を音もなく揺らす、グロテスクな、巨大な、蔦のからんだ樹々の薄暗い小森で、恐ろしい寝ずの番をしたことをふり返るものは愚かである。」

フォロー

平井訳「狐色の帷帳うち垂れ、古書珍籍が頭のへんになるほどずらりと並んだ、だだっ広い陰気な広間でのひとり居のおりとか、あるいはまた、はるかなる天空に槎牙たる枝を音なく揺する、おぞましい巨人のごとき蔓うちからむ木々の下闇に、恐ろしい眠れぬ夜を過ごした時とか、そんな昔を今にしのぶ者こそ、みじめなるかな。」

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