" 海の見える丘につれてこられて,みなすなおに海に向いた.いわゆる絵すじのいい小児である嵐犬はほかの課業のときとはうってかわって晴れやかに,席もきびんにきめ,見通しをわるくしていた野ふじをいきおいよくかきのけたりちぎりすてたりした.近くに腰をおろした私の目のまえにも野ふじは垂れかかっていた.まねてちぎりすててしまってから,逆光に影絵めいたその葉の形がとても美しかったとおもった.
(中略)捨ててしまったものは,野ふじのひとちぎりだけではなく,踏みしだいた草の匂いだけではなく,小とりやなかまたちのさざめきだけではなく,おちつけばかすかにつめたい初秋の風だけではなく,見えないうしろではなくよこではなく上ではなく,見えている至近のものでもあるのだった.
すでに月白にたった一万の日、これから月白にたつ一万の日に、刻刻とつもりつづけるものの、そのひとひらを読み解くにさえさかのぼりほりひろげなければならない視野は、けっきょくのところ全世界だった。こうして世界はにわかに知る値うちのあるものと変わった。わなだった。恋の。