" 海の見える丘につれてこられて,みなすなおに海に向いた.いわゆる絵すじのいい小児である嵐犬はほかの課業のときとはうってかわって晴れやかに,席もきびんにきめ,見通しをわるくしていた野ふじをいきおいよくかきのけたりちぎりすてたりした.近くに腰をおろした私の目のまえにも野ふじは垂れかかっていた.まねてちぎりすててしまってから,逆光に影絵めいたその葉の形がとても美しかったとおもった.(中略)捨ててしまったものは,野ふじのひとちぎりだけではなく,踏みしだいた草の匂いだけではなく,小とりやなかまたちのさざめきだけではなく,おちつけばかすかにつめたい初秋の風だけではなく,見えないうしろではなくよこではなく上ではなく,見えている至近のものでもあるのだった.
(中略)しかしこんなふうにほとんどなにもかもを切り捨ててしまった世界のかけらを模すという作業を,おとなたちが,見わたされた方法の体系の順当な過程として意図してしつらえているのかどうかは判じあぐねた.どちらにしても私はだまされていたことになるが,やっていることが効きめのうたがわしいまじないにすぎないらしいと気がつかなかったこれまでも気がついたこれからもおなじようにしか描かないとすれば,だますのは私なのでもあった." (『感受体のおどり』 第41番)
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