モペット(moped)

モペットとは、ペダルが付いたバイクの一種で、電動アシスト自転車と見た目は似ているがモーターだけで自走できる。2024年11月に道路交通法が改正され、モペットは原付バイクと同じカテゴリーだと明記された。つまり、モペットの運転には免許証が必要だ。

これに関するニュースを見聞きしていて気になったのが、「モペット」という表記である。元の英語は moped で、発音は /ˈmoʊˌped/ なので、英語から日本語への大まかな転写ルールでは「モペッド」となるはずだ。実際、Wikipedia の該当のエントリーは「モペッド」と表記している。

そのWikipedia記事によれば、1958年にスズキが「モペット」という「造語」を商品名にした後に「モペット」表記が広まったようだ(それ以前には最初の二重母音 /oʊ/ をより正確になぞろうとした「モーペッド」という商品名もあった)。現在、国語辞典では「モペット」が見出しになっており、この形で一般名詞化したと見なされている。(Wikipediaのエントリーの表記は、それに対するせめてもの抵抗なのだろう。)

何故「ド」が「ト」になってしまうのか。これは音声学的な説明が可能である。

これには、日本語の促音「っ」が関わっている。促音は本来、無声阻害音の前にだけ分布する(「学校」「葉っぱ」「実地」「雑誌」など)。外来語では、例えば bed, bag を「ベッド」「バッグ」と転写して、有声破裂音の前にも促音が現れているように見えるが、現実には直後の子音が無声になり「ベット」「バック」と発音されていることが少なくない。moped が「モペット」になったのも、それと同じ現象である。

促音は、直後の阻害音の閉塞区間を長くするというのがその実体である。しかし、有声の阻害音、特に有声破裂音は、その閉塞を長くした時に有声を維持するのが難しい。そのため、無声になってしまいやすいのである。

これには空気力学的な理由がある。声帯を振動させるためには一定の速度で空気が声門を通過する必要があるが、これには声門の下の気圧が上よりも一定以上高くなければならない。しかし、破裂音の閉鎖区間では調音位置より先に空気が出ていくことがないので、声門より上の気圧はすぐに上昇する。促音のように閉鎖時間が長ければ、上下の気圧に差がなくなるところまで至ってしまい、そうなると気流は声門を通過しなくなるので、声帯の振動も止まり、無声になる。

もちろん、肺から空気を押し出す圧力を高めれば、無声になるタイミングを遅らせることはできる。日本語話者が「ベッド」「バッグ」と言う時は、その努力をしているのだろう。しかし、油断するとすぐに「ベット」「バック」になってしまう。

「ベット」も「バック」も、別の英語(bet, back)が対応するので、それと区別しなければならないという意識が「ベッド」「バッグ」を維持させやすいだろう。

しかし、「セミダブルベッド」「ショルダーバッグ」のような合成語になると、発音が「〜ト」「〜ク」に変わったとしても他の単語に変わってしまうことはない。そのため、「ベット」「バック」で済まされてしまいやすくなるものと思われる。

結論的には、moped が「モペット」になっているのは、促音の後の子音が無声化しやすいという音声学的な理由のほか、交替しても他の単語との混同を生まないという語彙的な理由もあるのだと思う。

#カタカナ語 #原語の発音 #日本語への転写 #有声阻害音 #機能負担量 #促音

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モペット(moped)

モペットとは、ペダルが付いたバイクの一種で、電動アシスト自転車と見た目は似ているがモーターだけで自走できる。2024年11月に道路交通法が改正され、モペットは原付バイクと同じカテゴリーだと明記された。つまり、モペットの運転には免許証が必要だ。 これに関するニュースを見聞きしていて気になったのが、「モペット」という表記である。元の英語は moped で、発音は /ˈmoʊˌped/ なので、英語から日本語への大まかな転写ルールでは「モペッド」となるはずだ。実際、Wikipedia の該当のエントリーは「モペッド」と表記している。 そのWikipedia記事によれば、1958年にスズキが「モペット」という「造語」を商品名にした後に「モペット」表記が広まったようだ(それ以前には最初の二重母音 /oʊ/…

englishphonetics.jp/2024/11/27 [参照]

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