生きている以上、基本的人権があって、生活が保障されるべきであって。
それはその人の生産性に左右されるものでは、当然ないわけじゃん。そこで左右されては絶対にいけないものでしょう。
でさ。
「買って応援」
「観光して応援」
ってのは、売るものとか観光させる何かを持たない地域は応援される価値がない、って話でしょう。
そういう価値とかに関係なく、政府は支援しろ、なんよ。
個人がそこの物品や観光資源に思い入れや価値を見出して、個人としては応援のつもりでというのは問題ない。
けどもそこに政府が税金を噛ませると話はまったく違ってくる。
人や地域の生産性(マジで嫌な言葉だな!)に関係なく、政府は市民の生活を守る義務があるでしょうが。
これ(被災地旅行支援クーポン?)を看過していたら、その先には、人の命、人の価値を選別して、生き死にを弾くのを、公に当然とする、またそのことに市民が加担する、というのにつながるわけで。
今までも、いうてもいろんな面で、すでにその陰険な選別はされているのだけども。
露骨に、明らかに、しかも朗らかに、いかにも良いことですよのテイで、おおっぴらに、なるわけさ。
買う価値と、救う価値は別なんよ。
というか人の命に関わることは、市場価値とかじゃないんよ。
だから国がしなきゃいかんのだけど。
もうけ(市場価値)とか抜きに!当たり前のことなんだけど!
なのに毎度毎度毎度それをかましてくるから、(自主規制)たくなるわけで。
これ国家だの政府だののやることじゃないよ。マフィアと変わらん。