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吹雪いたり晴れたりの意味不明の天気である。

関西弁話者として「知らんけど」をめぐる議論で少し気になることがある。確かに含意としては、確定的な根拠の無さや責任の回避があるといえるのだが、用法としては対話相手を突き放しているのではなく、むしろ分からなさ・不確定さを共有したい感情がある。

「知らんけど」で話が終わるのではなく、その後に相手から「何や、自分も[=あなたも]知らんのかいな!笑」とツッコませるところ(実際にそう言うかどうかは別として)までがセットだと思うのだが、その部分を欠いたところで議論されていることが多いので、ニュアンスが伝わりにくいのではないかと感じる。

「知らんけど」は、「ツッコミ待ちのボケ」の状態、言語学では conative の機能(相手の反応を引き出すための働きかけ機能。動能機能ともいう)として理解するのが適切ではないかと思うのだかどうだろう。

毎年のことだが、外では雪が舞っているというのに自動販売機からホットドリンクを無くすというのはどういう了見なのか?! 責任者を呼びつけたい。

昨夜は、旧劇場版エヴァンゲリオンのパソコン版シミュレーションウォーゲーム[将棋をかなり複雑にした感じのもの]の対戦を大型スクリーンで観戦するイベントで、その壇上脇で大盤解説をする夢を見た。最後の方は、「なんでこの映画をシミュレーションゲームにしようと思ったんですかねー? どうせ人類は皆補完されるのに〜」とか投げやりな解説をしていた。

小学生の頃、初めて自分の小遣いで買ったマンガは『Dr. スランプ』(集英社)の第5巻だった。売れていたので最新巻の5巻しか書店に無かったのだ。キャラクターたちが繰り広げる下品で破天荒で、それでいて心がほんわかする、ちょっぴり大人なストーリーだけでなく、精妙でありながら親しみを感じるマシン/メカ/ガジェットのデザイン、モンスターの造形にも魅了された。
鳥山明、SFとファンタジーの世界を子どもたちに拓いてくれたマンガ家でありイラストレーターであった。R.I.P.
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