プリンタ壊れたから急いで新しいのを(安いやつを選んで)買ったら自動で両面印刷できないというトラップが
手作りしてみたこともある
美味しかったけど
柚子の皮をみじん切りにするのが大変なのと、青唐辛子を刻むのにメガネと使い捨て手袋が必需品
パーソナパソナ
ひょうごはパソナ
さいとうパソナ
(あーぱつあぱつのフシで)
https://portal-worlds.com/news/asean/35453
絶対行かねえ💢
てかあんな酷い労災起こした奴がなんでまだ経営者やってんだ
『そんな中で好調なのが「ミライザカ」「三代目鳥メロ」などを運営する居酒屋大手のワタミだ』
https://mainichi.jp/articles/20241213/k00/00m/020/001000c
通報体制の問題じゃないでしょ、何言ってんだ。
『この事件を巡っては、発生から半年間、事件に関する情報が警察や検察から沖縄県に伝えられなかったことが問題となり、通報体制が見直されました』
【速報】アメリカ空軍兵の男(25)に懲役5年の実刑判決 那覇地裁 米兵による少女誘拐性的暴行事件
https://news.ntv.co.jp/category/society/ee1a9bb4dbe54786a791f17fd297ca85
【速報】25歳の米兵に懲役5年 少女誘拐暴行事件で那覇地裁
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1489861?utm_source=news_mail&utm_medium=mail&utm_campaign=20241213141016
以下、ウィキの「家永三郎」より
『1970年 同大学(注:東京教育大学)評議会は、文学部の教授・助教授・専任講師の人事権に制限を加え、筑波移転に賛同しない者の採用を停止。元文学部長の星野慎一、前文学部長の入江勇起男、および家永の3人の文学部教授の辞職を文学部教授会に要求したが、文学部教授会はこれを拒否した。家永は筑波移転問題を「反動文教政策」の一環であると述べており、教授陣による自治的な大学の運営体制から学長を中心とした中央集権的な運営に移管させること、政府および財界が大学への介入をもくろんでいたことが原因であると主張している。
1973年 筑波大学設置法が制定、筑波移転が正式決定。家永は筑波大学について「きわめて非民主的な、従来の国立大学とは全く異質」な大学であると述べている[3]。筑波移転と改組に伴い文学部の学生募集が停止、家永の定年退官である1977年には同学部定員がほぼゼロとなっていた。』
漫画を描いています。性暴力絶許&トランス差別絶許(トランスヘイターはフォローしないでください)。
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