最初の「ハイ、バービー!」のシーン、何か思い出すと思ったら、「プリティ・ブロンド」ミュージカル版の「Omigod You Guys」だった。バービーと「プロティ・ブロンド」は共通するところがあるね。違う所は違っていて、それが時代の違いによる進歩なんだろう。

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遅ればせも遅ればせ、最終日に「バービー」を見てきたんですがね、見る前は「フェミニズム的な『読み方』や『分析』」があるのだろうな、と思っていたのだけど、分析も読み方もクソもないそのまんま、どストレートの表現にちょっと戸惑った。でも、ちょっと考えてみれば、この身も蓋もなさというのが、あえてやっているもので、このそのまんまさこそが、他の寓話的映画と一線を画するこの映画の強みなんだろうな、と思った。

ガーウィグ監督、レディバードや若草物語から見ても、もっと遠回しな、スマートな表現もできるのに、「洗脳されたバービーがフェミニストの言語化を聞いてピキーンと洗脳が解ける」なんていう、あまりにそのまんまな表現を使うのはわざとだと思うし、「賛否両論ある女児用オモチャの映画化にフェミニズム的含みを持たせる」と聞いてこっちが想像するエリアを一歩踏み出しているところが、この映画の特長なんだと思った。

あと、バービー世界の美的感覚というのは、一歩間違えればというか間違えなくても、子供っぽく悪趣味でケバケバしいもんだけど、それをギリギリで「バービーらしさ」と「大人が見てもおしゃれ」のバランスを取っていたのは見事だと思った。アカデミー賞で美術賞と衣装デザイン賞はぜひ獲ってほしい。

ところで今日は、「イニシェリン島の精霊」の二人の生まれ変わり(?)が主演の「In Bruge(ヒットマンズ・レクイエム)」を見ました。ケンがレイを助けるのは、きっと前世のことで気が咎めているからでしょう。
やっぱり変人しか出てこない変な映画だった。この監督の監督作4本見たけど、「スリー・ビルボード」だけシリアスなドラマ風に見てしまったな。あの映画ももっと「変」さを楽しむべきものだったのかも。

日本人が「集団自決」で連想するのは戦争末期の「玉砕」だろうけど、アメリカ人ならジョーンズタウンの人民寺院の事件だろうな。「クールエイドを飲んだ」という慣用句になってるぐらいだし。
「クールエイドを飲んだ」とは、Wikiによれば、「大きな報酬を受けられる可能性があると感じて、死につながる、あるいは危険な思想を信じてる人」らしい。「カルト信者」的な意味で使われるけど、日本人って、「クールエイドを飲む」人が続々増えている状態では、とか思った。
ジョーンズタウンのウィキを読んだら、毒入りクールエイドを飲んだ人の多くは毒入りだと知らなかったという証言があり、実際には集団自殺ではなく大量殺人だった可能性があるらしい。いざって時の人間の生存本能をなめてはいけないので、「集団自決」なんて実際には「大量殺人」ではないかということは、常に脳内で言い換えるぐらいの心がけでいた方がよい。
つか、自殺にせよ安楽死・尊厳死の選択にせよ、是非はともかく本来一人一人の非常に個人的な選択であって、「集団」とついた時点で「自決」でもなんでもなく、そりゃ大量殺人の言い換えに過ぎないと思う。

それよな...私も20代ぐらいまでは「子育てしながらキャリアウーマンとしてもバリバリ活躍する」ことを夢見ていて、30代ぐらいまでは「それができない私はダメ女」という気持ちがあったが、40代ぐらいになると「私は確かにダメだけど、世の中の人間の半分はダメなわけで、ダメ人間が子供育てることができないならまあ超少子化になるのもしょうがないよな!」と開き直り、さらに40代ぐらいで「子育てしながらキャリアもばっちり」で私が劣等感抱いていた女性たちがいかに地獄を見ているか(鬱病発症したり、大病したり、死んだ人も)分かってぞっとした、という
ここで言う「ダメ」とは、頭脳、体力、容姿、コミュ力のいずれか1つでも平均以下の女性のことです。「いずれか1つ」だからまあ世の女性の8割ぐらいかしら?

念の為:私はそういう女性がダメだと言っているわけじゃなく、これらのうち1つでも平均未満だと、何をやるにしても「社会のせいにするな、お前がダメなせい」と言われがちで、本人もそう思いがちだということで

なぜか、4年前の、私の37年間の職業生活で一番嫌だった仕事の終わりの方の愚痴(あと5週間、あと10日、なぜなかなか減らないetc)のTwを読み返していたのだけど、過去の私に:「あと少しだからとか、年度末でキリがいいからとか言ってないで、とにかく1分1秒でも早く辞めろ!」と言いたい
後になって思えば、ここまで嫌な仕事だと、やればやるほど削られて後で回復に時間がかかるし、雇ってる方も、やればやるほど悪印象が強く残る(あの人、やる気なさそうなのにけっこうダラダラと居たよね、みたいな)。会社側も、その時は代わりを探すのが面倒な気持ちが先に立って「えっ、もうやめるの?X月末まではいてよ」とか言っても、「やる気ない、合わない」と分かってからの時間が長いほど悪印象残る。「さっさと辞めちゃった」印象はけっこうすぐ忘れる。

父親の育児負担の少なさ、他国に比べて日本が「現状が異次元」だからね。まともな状態になることが、現状と比較して「異次元」であることには間違いないかも。
しかし、自民党政権の言ってることだから、「異次元」が「まともになること」とは思えないんだよね。まるきりアサッテの方向へ行って、「いやそこじゃねえから」と言われて「これが異次元!日本ならでは!」となる確率の方にカシオミニを賭けてもよい

ほんとYou go firstだよなあ。なんというか一部の「反出生論者」とか成田氏とか「集団自決」に賛成(容認)寄りの意見を述べる人とか、あなたが「人が生きること」に反対なのは分かった、その哲学は尊重するから、他人が好きで生きているのを攻撃してこないでまず自ら範を示してほしい、と思いますね
あと、「人権」に反対の人とかね。まず自ら範を示して自分の人権を放棄してから言って欲しい。生存権とは言わんから、まず私有財産権ね。
あなたのいらない人権は、すべての人の人権に大賛成の私が引き取ってあげますわ!(※私有財産権に限る)

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マイナカードが保険証になったら、念の為「資格証明書」とやらを、有料であっても作っておこうと思うが、マイナカード取得者でも作れるのだろうか。
いやマイナカード取得者でも絶対要るよ。システムトラブルやうっかりロックに備えて、アナログの証明書必要!
「命や生活がかかっているものは、デジタルのみにするな」というのは、IT関係の仕事したことある人ほど痛感しているところだと思う。

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そもそも全然便利じゃないしなマイナカード。うっかりパスワード間違えてロックされたら、仕事を休んで役所までわざわざ行って解除しなきゃならない(しかも超絶待たされるので1日仕事)なんていうソフトうっかり使えるかよ。
しかも、持ってるだけで更新のために5年に1回は仕事休んで役所に行かなきゃなんなくて1日仕事だしな。「役所に行かずにコンビニとかで書類が出せます!」とか言ってるけど、役所の書類が必要になるのが数年に1回ぐらいの人なら、既に手間の面でマイナス。
便利じゃないぐらいは、使わなければいいので我慢するが、これが健康保険証になったら、うっかりロックされていたために病院にかかれなくて死ぬとかもありえるぜ。
「そんなことはない(ロックされたからと言って保険証として使えなくはならない)」と言われそうだけど、それが信用できないんだよな。とにかくシステム全体が信用できない。それに、仮に考え抜かれたシステムだったとしても、ひとつのシステムに生活のすべてをぶっこむのは愚かだと思う。
マイナカードが保険証になったら、念の為「資格証明書」とやらを、有料であっても作っておこうと思うが、マイナカード取得者でも作れるのだろうか。

インボイス、正直一番懸念しているのは文化方面ではなく、自分(<フリーランス)の減収ですらなく、農業への影響なんだよな。小規模農家の廃業が相次げば、ますます食料自給率下がって、低所得の日本人がガチ飢える未来が現実に近づくのではないだろうか。
と、ここではたと気づいたが、消費税が高率の欧州の国では当然の「食品は消費税ゼロ」にすれば影響しないのでは。つか何でそうしない。というか何で最初からそうしていない。
子供の頃に「ソイレント・グリーン」のあらすじを聞いただけでトラウマになった(映画は見ていない)ほど、飢えることへの恐怖感が強い...
そういえば「ソイレント・グリーン」では、高齢者の強制安楽死もあったな(見てないのに妙に内容知ってる私)タイムリーかも?

成田悠輔氏の「高齢者集団自決」発言、「比喩」だとか「本気でない」という擁護があるけど、本人が本気だって言ってるじゃんねえ。
「そんなこと実際にさせる権力はないし、実現不可能だから」本気ではないっつっても、「実現可能か」と「本気か」はまるで別だからなあ。
例えば私が、「政治家も企業の経営陣も裁判官も、重要な決定を下す立場の人の半分は女性にすべきです!」と言ったとして、女性の社会進出が今よりもっと進んでいなかった時代なら(ということにしておこう、本当は今でもだけど)、男たちは爆笑して「本気じゃないですよね?」と言っただろう。
庇うつもりで「いや、比喩でおっしゃってるんでしょう。つまりそのぐらいの気持ちで女性の立場も考えるべきだと」と言う人もいたかも。
でも、それで私の発言が100%本気だということには変わらないわけで。
「そんな権力はない」「実現不可能」というのは、「できるならそうするし、そうすべきだと考えている」ということの否定にはならない。成田氏本人が言っている「本気です」はそういう意味でしょう。

話の前提は面白いし、役者もいいのに、いろいろひっかかりが多くて後半の展開がイマイチだし、まとめ方が強引すぎ。惜しい。
リースの息子役の子がかわいい。

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まあ別に、倫理的にどうしても許されない行動ってわけじゃないんだけど、「いやなんでまず電話して本人の許可をとらんのよ」という話で。話の流れとしてこれは決定的な衝突点になり、そこでの決裂から仲直りに至るのがクライマックスだろう、と思って見ていたら、それはあとでちょろっと触れられるだけで二人はあっさりくっついてしまい「はぁ?」となった。

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ネトフリで新作ロマコメ「ユア・プレース、マイ・プレース」を見た。リース・ウィザースプーン好きだし全体としては楽しく見たんだけど、ヒロインの行動でどうしても「ちょ、そりゃあかんでしょ」というところがあって、それがスルーされるのが気持ち悪くてしょうがなかった。

なんかみんなテレビの影響か「外国ではとっくにマスク外してる」と思っている(そう言ってる人がいた)みたいだけど、やつら元々マスク嫌いが多くて、コロナが収まってなかろーと効果があろうとなかろーと外したい奴は外してるだけな話だと思う...元々マスクに抵抗のない日本人が外す理由には全然ならんのだが
トークショーとか見ると、今でも観客席はマスク必須よ?出演者はしてないけど、彼らは多分毎日PCRしている。

「死ぬのは高齢者と基礎疾患ある人だけだからコロナは大丈夫」という理屈がそもそもわからん。それって「死ぬところまでゆく」のが元々弱い人なだけで、他の人も自分の健康状態(と運)に応じてそれぞれダメージうける、つまり国民全体の健康が下方移行するってことじゃないのかな?
死ぬ人以外はノーダメージならばむしろ、アスリートとかは罹っても平気だから気にしない、ってことになるんだけど、「死ぬところまではいかないけど心肺機能が2割程度落ちて、生活は平気だけどアスリート生命は終わり」ってことになるんじゃない?アスリートじゃなくても「今までは体力自慢でいざってときに頑張りがきいたけど、コロナにかかってからなんとなく不調で、楽な仕事に変わって収入も減った」って人なら山ほど出てくるんじゃない?
つまり、言いたいのは「弱い人には死んでもらって経済優先」は、倫理的にだけじゃなくて論理としても通用しないんじゃないか

「リスキリング」とやらの助成の対象になり休業明けに給与アップするのは「育休」と称して休業して実際の育児は妻にほぼ妻に押し付けられる父親だけで、そのフォローを働きながらする妻は低賃金のままという...分かってやってるよな絶対...

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以前ツイッタで、育休取る父親が「せっかくの休みなので旅行して、この機会に資格の勉強する」と言っていたという話を読んで、どっちかというとそれは「育休だと言って会社を騙して、育児は妻に押し付ける」というヒドい男の話だと思っていたけど
自民党の政治家は、ホントにそれができると思っている?マジで?

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