私が、坂本龍一氏の死を非常に惜しいと思うのは、彼みたいに芸術に造詣が深く、国際的な感覚を持ち合わせ、発信力のある日本人は稀少だから。音楽ということだけではなく、あらゆる意味で日本への損失であるとともに、彼に変われるような人が今の日本にいないのではないか、という無念もある。
東京都への抗議の手紙などの社会問題や政治問題への発言だけでなく、坂本氏は、芸術面での日本の沈滞などにも鋭い発言をしていた。
例えば、リンクの記事で、なぜ韓国映画界が国際的に注目されるようになっているのかについて、人口が日本の半分以下の韓国の方が、映画を見る人数が何倍も多いことを挙げ、「観客がたくさんの作品を見ていれば、目も肥えてくる。製作者側は、面白くて深いものを作らないといけないという(いい意味の)圧力がでてくる。」いわば、観客と製作者が切磋琢磨する状況について語っている。
国際的に認められている是枝監督が日本では映画を作るための資金集めが大変で、韓国映画を作らざるを得なかったような状況についてはニューヨークタイムズ紙も紹介していたが、坂本氏の分析はもっと問題の核心をついている。
彼は日本人の文化的な劣化を案じていたのだろう。彼の日本への愛に心を打たれる。