七夕坂夢幻能と「教授」1 

七夕坂夢幻能の蓮子とメリーは、東方夢時空の「教授」こと岡崎夢美と共通点が多い。

「超統一物理学」を専攻する蓮子は、学会発表のために論文を書く。その内容は「異界」や「夢の世界」を量子論的に解釈しようとするもので、学会の主流とはかけ離れた「異端な学説」だった。メリーは自分が蓮子に代わって異界の存在を証明すると意気込み、異界への扉を求めて七夕坂へ向かう。

岡崎夢美は科学が発達した平行世界の人間で、大学で「比較物理学」を教えている。同時にオカルト好きでもあり、統一理論に当てはまらない「魔力」の存在を主張するが、学会には全く相手にされない。魔力や魔法の存在を証明するため、夢美は「可能性空間移動船」に乗り、魔法や超常的な力が存在する幻想郷へやってくる。

「異端な学説」を主張する蓮子と、異界の存在証明のために自ら異界へ赴くメリー。二人の姿は、先述した岡崎夢美のものとよく似ている。まるで夢美が二枚の鏡の前に立ち、それぞれの鏡に映った鏡像のように。

七夕坂夢幻能と「教授」2 

岡崎夢美は「幻想郷の外の科学文明の人間」、「大学で物理学に携わるオカルト好き」など、設定上も蓮子やメリーとの共通点が多い。

そのため、夢美と二人を絡ませる二次創作も存在するが、公式作品では関連性を示されたことはない。そもそも東方Projectと秘封倶楽部の音楽CDに、直接的なつながりはない(メリーと紫、メリーの夢の内容など共通項はある)。

ではなぜ七夕坂夢幻能の蓮子とメリーは、岡崎夢美に似た描かれ方をしたのか。考えられる理由は2つある。

1つ目は、2023年8月に頒布された東方獣王園の存在。獣王園は、東方花映塚や東方夢時空と同じ対戦型弾幕STGシステムを採用している。獣王園の制作過程で、同じシステムの夢時空をZUN氏が参考に(とまで行かずとも、多少は意識)した可能性はある。

七夕坂夢幻能の頒布時期は2024年5月。その制作・構想期間は、おそらく獣王園のものと重なる。獣王園の元になった夢時空に登場し、設定上も秘封と共通点の多い岡崎夢美のイメージが、七夕坂夢幻能の蓮子とメリーに反映された可能性は、十分にある。

七夕坂夢幻能と「教授」3 もう1つの「タブー」 

2つ目は、七夕坂夢幻能が「タブー(禁忌)を破る」をテーマにしていること。サブタイトルの「Taboo Japan Disentanglement」や「タブーを忘れるな」の一文のように、今作は「タブー」に繰り返し言及する。

「タブーを破る」とは、禁じられた行為をすること。メリーは七夕坂の習わしに従わず、「禁断の扉の向こうにある世界」を見ようとした。蓮子も「文化財として動かす事を禁じられている」地蔵をひっくり返している。しかし、これらは秘封倶楽部の普段の活動とさほど変わりはない。

一方、七夕坂夢幻能で初めて破られようとした「タブー」がある。それは「物理学による異界の証明」だ。蓮子は「異界」や「夢の世界」を量子論的に解釈し、論文を学会で発表しようとした。世界を科学的に理解する物理学で異界の存在が証明されれば、多くの人間に異界が暴かれることになる。

単に異界を見たり、足を踏み入れたりするだけでなく、その存在を物理学的に証明することが、七夕坂夢幻能のもう1つの「タブー」だった。そのような試みを、東方夢時空で実行したのが岡崎夢美である。今作の蓮子とメリーのモチーフに、夢美ほどふさわしい人物はいない。

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七夕坂夢幻能 タブー破りの兆候 

七夕坂夢幻能において、異界の存在を物理学的に証明することはタブーである。本作は蓮子の論文執筆という出来事を通じてそれを描いた。だが、蓮子が論文を書く前にも、それがタブーであったことを仄めかす描写がある。音楽CD『燕石博物誌』の一場面だ。

蓮子とメリーは、メリーが見た不思議な夢の内容(異界での体験)を元に博物誌を作る。メリーの語る異界の話に、蓮子は物理学者の観点から量子論的な解釈を加えていく。やがて「メリーは異界にとって好ましくない"汚れ"なのでは」という考えに至った時、「異物が混入したら、排除しないと」という、誰のものか分からない言葉が不気味な字体で表れる。

この場面で流れるCDの曲名は『禁忌の膜壁』。メリーが行き来する別の世界を、蓮子がブレーンワールド(宇宙は薄い膜のようなもので出来ているという仮説。そのような膜=世界がいくつも存在するらしい)に例えたことによる。蓮子は異界の存在を物理学的に看破し、「禁忌(タブー)」に触れた。先述の不気味な言葉は、タブーに触れた蓮子への「戒め」ともとれる。

燕石博物誌で蓮子の触れた「タブー」が、七夕坂夢幻能での論文執筆によって「破られようとした」と考えることもできる。

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