今現在大変な衝撃を受けているのですが、去年岩波少年文庫から発刊された『小さな手 ペティットおばさんの怪談』という英米の怪奇小説アンソロジー、表題作は以前創元推理文庫から平井呈一編・訳の『恐怖の愉しみ』下巻に収録された『一対の手』という短編の新訳なんです。訳は金原瑞人。

それでこれ平井版だと語り手兼主役のペティットさんは高齢の独身女性で、岩波少年文庫版では「ミセス・ル・ペティット」になってる。先ほど岩波版を初めて読んでえええ、と思い、『恐怖の愉しみ』が家に上巻しかなくて確認できなかったのですが、ネットで原文を探してみたところ「Miss Le Petyt」なんですよ。

……なんでこんなことするんだろう。新訳で若い人にも広く知られるのは素晴らしいことだけど、私は独身で幸せなまま年を取ったペティットさんのことが大好きで、物語にも一人である不安と喜びが両方ちりばめられているのに。これ物語の趣も全然違ってきちゃうじゃん。もう腹が立つ以前にすごく悲しい。

翻訳は平井呈一は古めかしさがあるけれど、闊達な語り口が素晴らしいしラスト一行の切れ味の鋭さに関しては金原訳は到底及びません。岩波がこんなことするなんで、本当に悲しい。

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いやこれ単に私の好悪の問題で済ませるのだめかもしれない。独身女性を既婚女性に変更することで、女性同士の楽しい暮らしとか、未婚のままで楽しく過ごしている現在のペティットさんの姿とか、恋愛や結婚の圧から自由な女性像とか、女性一人でも幸福に過ごすことは可能だという原作のポジティブな部分がごそっと削られてしまうんよね。この改変によって失われるものに考えが廻らないならちょっと新訳の意味考えてほしいし、この人の翻訳、平井呈一に限らず先行の翻訳に対する敬意のなさも気になるし、敢えてこの改変をしたのだったらそれは邪悪じゃん。あとがきで「いい話」って書いてるけど、いい話のいい部分がどれだけ損なわれたか。この『一対の手』という小説は、今の女性が読んで勇気づけられる部分が多々あるのに、そこをぜーんぶオミットしたんだからね! 書いてるうちに腹立ってきた。

アーサー・キラ-クーチ原作 平井呈一翻訳『一対の手 ある老嬢の怪談』原題は『A Pair of Hands AN OLD MAID'S GHOST-STORY』で、副題のOLD MAIDは婚期を逃した未婚女性のことだそう。調べて初めて知りました。で、金原訳『小さな手』もこれに倣ってか『ペティットおばさんの怪談』という副題がついている。翻訳を生業とする人がOLD MAIDの意味を知らなかったとは考えづらい。

原作は、暖炉の前で編み物をしているミス・ル・ペティットが、若い女性に乞われて昔体験した怪談を語りだすところから始まり、その後物語はミス・ル・ペティットの語りで終わる。語りに入るまでの間にMiss Le Petytの表記は4回。

これ意図して改変したのでなければ、後半にミセス・カーキークという女性が登場するので混乱した、とか校正の段階でなんらかのミスがあったという可能性はあると思います。
あと児童文学やファンタジーであまりにもしょっちゅう金原瑞人の名前を見るので気になって調べたところ、去年はこの本も含め、共著もあるけど19冊、今年も15冊も翻訳しており、もし校正とか疎かになってるなら本当に考えてほしい。正直中学生対象の本で未婚を既婚に書き換える意図、きもいものしか浮かばない。
 

old maidですが、英辞郎にもオールドミス、老嬢ってありますから、辞書引けば誰でもわかりますよね。ババ抜きの意味もあるようです。

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