本の紹介をしたいと思います。

マルクス・ガブリエル, 『倫理資本主義の時代』, 早川書房, 2024年
amazon.co.jp/倫理資本主義の時代-ハヤカワ新書-

「ITと人権」を掲げる私にとって、むちゃくちゃ面白い本でした。ぜひ皆さんも手にしてほしい本です。

ただし、やや手強い本です。哲学の専門用語は排除していますが、思想上の論理構築は省略していないので、かなり理屈っぽい記述が続く部分があります。一方で現実世界との接点の部分はやや手薄です。誤解を恐れずに言えば、「専門用語を使わず書かれた哲学のパンフレット」として読むべき本です。そして本書の主な想定読者は企業人です。

この本を、あえて自己流で紹介します。気になった方はぜひ本を読んでみて下さい。

私の意見では、現代の世界の基本的なルール、構造の背後にはいくつかの思想があります。注目するべきなのは、(1)啓蒙思想、(2)反啓蒙、(3)資本主義です。

(1)啓蒙思想は18世紀の哲学にルーツをもち、アメリカ独立やフランス革命に影響しました。自由と平等、平和と人権、民主主義、これら世界共通の理念となっている重要な概念を提供します。世界平和を目指す「国連憲章」、普遍的な人権を唱える「世界人権宣言」という重要文書のアイデアの供給源でもあります。
(続く

(2)反啓蒙は、18世紀の哲学を上書きした19世紀の哲学にルーツを持ちます。「理念より現実の覇権が大事だよね」と考える覇権主義、「普遍的な倫理なんて嘘っぱちだよね」と考える虚無主義は、現代にも影響力を持っています。20世紀に流行った「善悪や価値観なんて、みんな相対的だよね」という相対主義も根強いものがあります。

(3) の資本主義は現代の社会・経済の基礎を作っています。企業活動は私たちが手にするほとんどの財とサービスの供給源です。一方で、資本主義を規制せず放任すれば貧富の格差が開き続け、また公害、地球温暖化のような「負の外部性」が拡大することも分かっています。

ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルは「新しい啓蒙」と呼ぶムーブメントを作ろうとしています。具体的には、(1)人文学の新しい運動を起こし、また (2) 企業に哲学者を送り込もうとしています。

「新しい啓蒙」の内容は、18世紀の啓蒙思想をよみがえらせ、19世紀以降の反啓蒙を克服し、現代の資本主義を社会と調和する形態にアップデートしようとするものです。その実践として「倫理資本主義」あるいは「エコ・ソーシャル・リベラリズム」を唱えます。本書は、倫理資本主義の大枠を記した本です。
(続く

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なお、「新しい啓蒙」について述べた哲学の専門書は別に出版されていますが、日本語訳はまだです。

簡単に紹介するなら、人文学の運動としての「新しい啓蒙」は、「真偽を判定できる道徳的事実の存在」を否定する態度(虚無主義、相対主義)を乗り越え、カントの倫理学を機能させ、さらにシェリング、フッサールらドイツの哲学者による思想を統合し、現代に蘇らせようとするものです。

これらの学者の思想(特にカント倫理学)は現代の英語圏の哲学者の間では無視されたり否定される場合が多いのですが、「新しい啓蒙」はそうしたトレンドへの哲学者マルクス・ガブリエルからの反論、そして挑戦という側面もあります。

私の立場では、企業活動と人権をうまく結びつける上で啓蒙思想と資本主義の協調が欠かせないわけですから、この「新しい啓蒙」は非常に注目したいと思っています。

そして本の内容は、ぜひ実物で確認してみてください。

補足です。
なお1点、補足が必要なこととして、マルクス・ガブリエルは本書の中でイスラエルのハマス攻撃を大筋で肯定しています。ドイツ言論人のスタンスのスタンダードに沿ってしまっています。

私の意見では、国際刑事裁判所(ICC)、国際司法裁判所(ICJ)の裁判で提出された証拠と、ガブリエル自身が提示する思想を組み合わせて、この問題の道徳的判断は可能であろうと思っています。

つまり著者の問題はガザにおける証拠への「故意の無知」なのであり、ガザ攻撃の非道徳性は「新しい啓蒙」と証拠群により倫理学的に論証可能であると考えています。

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