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読書備忘録『シベリヤ物語』 

*講談社文芸文庫(1991)
*長谷川四郎(著)
長谷川四郎といえば終戦後にシベリア捕虜収容所で抑留生活を送り、帰国後はフランツ・カフカやベルトルト・ブレヒトといった作家たちの翻訳に加え、アジア・アフリカ作家会議に日本代表団の団長として出席するなど波乱万丈で国際色豊かな経歴の持ち主。本作品では著者自身のシベリア抑留体験を題材に捕虜収容所の日常を表現している。複数の物語を連ね、各章に異なる主役が登場するもののシベリア抑留という主題で連結しているので、短編小説集より連作形式の長編小説に近い。登場人物たちは多彩だ。ある捕虜はコルホーズで野菜の荷積みに追われているし、ある捕虜は極寒の中で道路掃除に明け暮れている。その労働は過酷を極める。しかし、長谷川四郎は捕虜収容所の内幕を悲劇的に暴露することも、批判精神に満ちたスローガンを掲げることもない。悲惨な情景なのに不思議と悲愴は感じないのである。悲惨を悲惨のまま表現するのではなく、淡々とした筆致で終戦後のロシアを描きだしている点に彼の特色はあるのだ。翻訳経験によるものか、翻訳小説を思わせる密度の高い文体も個性的だ。

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