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読書備忘録『叫び声』 

*講談社文芸文庫(1990)
*大江健三郎(著)
本作品を発表したのは二七歳の頃。しかし社会に蔓延する閉塞感に焦燥と苛立ちを募らせる若者たちの、括弧で括らざるを得ない記号的で特異な人物造形と不器用な真情の発露には大江文学の礎を見ることができる。物語は「僕」の回想録という形式であり、ヨットでの大航海を夢見て仲間たちと「ジャギュア」を乗りまわす青春を謳歌していた時期と、その「黄金の青春の時」が終焉を迎えるまでの日常を綴っていく。「僕」は梅毒恐怖症の治療過程でスラヴ系アメリカ人のダリウス・セルベゾフの知遇を得ると、黒人と日系移民の混血児で「人種上の虎」を自称する虎、在日朝鮮人と日本人の混血児である呉鷹男を含む四人での共同生活を始めた。仲間はそれぞれ胸の内に「叫び声」を抱えている。不遇な出自と境遇が足枷となり、帰属意識を獲得できない「僕」たちの希望はダリウス・セルベゾフのヨット建造計画に向けられていた。それはアフリカの大地を夢想する虎に触発された全員の共通認識だった。そうして建造中のヨットは「友人たち(レ・ザミ)号」と名付けられ、彼らの青春の象徴とともに退廃の象徴となる。

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