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読書備忘録『水いらず』 

*新潮文庫(1971)
*ジャン=ポール・サルトル(著)
*伊吹武彦 他(訳)
哲学と文学は簡単に切り離せるものではないけれど、実存主義の作家には取りわけ境界線を設けない印象がある。サルトルは代表格といえる。実存主義の思想家であるサルトルは、第二次世界大戦以前の若い時分から両分野を渡り歩いた強者だった。その足跡は短編小説集『水いらず』の収録作にも残されている。各作品の発表時期は長編小説『嘔吐』とほぼおなじで、実存を追究するサルトルの思想を覗き見ることができる。表題作は破綻寸前の夫婦の物語である。性的不能者である夫と、絶望して愛人の元に逃げようとする妻。ここでは肉体的な嫌悪と疑念が鍵を握り、妻が夫に希望を見出すまでの過渡期が入念に表現されている。そのほか、処刑間近の死刑囚が皮肉な顛末を迎える『壁』、狂気に取り憑かれた娘婿に対する父・母・娘の思惑に迫る『部屋』、ヒロイズムをこじらせた人物が大量殺戮と自殺を計画する『エロストラート』、自我を見失った少年が他者の視線に自己を見出していく『一指導者の幼年時代』という実存を主題とする物語が続く。

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