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読書備忘録『草迷宮』 

*岩波文庫(1985)
*泉鏡花(著)
明治大正期を代表する浪漫派作家にして、日本の怪奇幻想文学の先駆者である泉鏡花。令和を迎えても鏡花節の異彩ぶりは健在で、あっさり年月の壁を超えると読者を超現実に引き入れてしまう。中編小説『草迷宮』は、諸国を旅する小次郎法師が茶店の老婆から秋谷の屋敷(秋谷邸)に関する因縁話を聞かされたことに端を発する。供養を頼まれた小次郎法師は秋谷邸に住み着いている葉越明なる青年と出会い、屋敷内で起こる数々の怪異を聞かされるとともに、亡き母の手鞠唄を恋い慕い、詳細を求めて放浪してきた経緯を知る。ここから展開する現世冥界入り乱れる場面の描き方は神業。泉鏡花は雅俗折衷や言文一致を吸収しながら独自の文語を作り、能楽的な幽玄の美を実現することに成功した名文家なのは言をまたないが、彼の表現する幻想は練り込まれた構造の賜物でもある。例えば『草迷宮』では、入れ子構造の物語形式である枠物語、時系列の変動、語り手の交替を混ぜることで現実と幻想を交錯させ、読者に自分の居場所を見失わせる効果を生みだしている。泉鏡花の文学は浪漫と精微な表現技法で構築された仙境なのだ。

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