フォロー

読書備忘録『アルテミオ・クルスの死』 

*岩波文庫(2019)
*カルロス・フエンテス(著)
*木村榮一(訳)
ラテンアメリカ文学者と一括りにするのは簡単でも、それぞれの個性を詳らかにするのは容易ではない。知識不足のまま下手に語ると先人に対して礼を失することもあり得る。それを覚悟の上でメキシコが誇る文豪カルロス・フエンテスに臨むのであれば「洗練された小説技法」をあげたい。一九六〇年代のラテンアメリカ文学ブームの火付け役ともなった『アルテミオ・クルスの死』は、メキシコ革命の戦火を生き延び、戦後は抜きん出た政治的手腕で経済界の重鎮までのぼり詰めたアルテミオ・クルスの生涯を回顧する物語である。彼の歴史自体読みごたえがあるのはいうまでもない。しかし『アルテミオ・クルスの死』の金字塔たる所以は練り込まれた小説技法にあると思う。最大の特色はずばり人称と時制。一人称+現在形で語られる死の直前、三人称+過去形で語られる戦時下、二人称+未来形で語られる不可思議な時間、この三段階の章を組み合わせて、ピースを埋めていきながら大立者の人生を完成させる。まさに驚異的な発想と技術の賜物である。

ログインして会話に参加
Fedibird

様々な目的に使える、日本の汎用マストドンサーバーです。安定した利用環境と、多数の独自機能を提供しています。