きっかけは「女じゃ零戦に乗れないとかありえない」というアホくさいものだったけど、何はともあれそういう違和感がきっかけでそれなりにフェミニズムを勉強したり、坪内逍遙とか二葉亭四迷にまで遡ってきちんと近代文学(および近代史)をやろうと意気込んでいたりもしたので、自分なりにものごとを多少は考えられるようになった。でもそれってたまたまわたしが高等教育を受けられる環境にいたからで、「女は愛嬌さえあればいい」みたいな思想を持っている親のもとに生まれていたらわたしは自分のジェンダーやセクシュアリティに疑問を抱くこともなく男と結婚していたかもしれないし、中国や韓国の悪口をSNSに書き込んでいたかもしれないとおもう。
つまり何が言いたいかというと、わたしと同世代やそれより上の世代は、関心を持つきっかけや自ら学ぼうとする意思、そしてそれを実現できる環境の全てがそろっていなければ、自分の思想とか考えなんて持てなかったんじゃないか、ということだ。