美術史家の高階秀爾さん死去(享年92)。
高階さんは戦後日本の美術史の大立者であり、専門とは別に一般の知的読者に向けても『ルネサンスの光と闇』、『近代絵画』、『名画を見る眼』など明快な見取り図とパノフスキー的なイコノロジーを組み合わせた名著がある。
実は私も高校、大学1,2年生の時は高階さんの書いたものはほぼ全て読み、実はパノフスキーを応用した精神史を組み立てたい、と夢想していた。
日本の戦後のルネサンス研究は林達夫、高階秀爾、若桑みどり(マニエリスム研究)という系譜があり、戦後自身はほとんど書かなかった林達夫が主宰する平凡社の研究会に、高階、若桑氏なども参加していた。
若桑さんは美術史におけるフェミニズム批評の導入者でもあり、とにかく凄いバイタリティの人だった。
ただ、その後美術史研究は、カラヴァッジョやフェルメールなどの個別研究は進んだものの、「ルネサンス」を全体としてどう捉えるか、という点は棚上げされた感がある。
他方、政治思想史の方はある時期から政治的人文主義の研究が流行したが、これは美術史とは仕切られたまま。また人文主義法学はこれとも別。
ここらで12世紀から17世紀までに至る人文主義とルネサンスの関係を政治・法学と美術を横断して再考する試みが待たれる所である。
「ルネサンス renaissance」とは仏語で「再reー生naissance」という意味。ギリシア・ローマの古典文化の復興というニュアンスをもつ。
元来仏の19世紀の歴史家J.ミシュレが提起し、ブルクハルトの「イタリア・ルネサンスの文化」によって決定的となる。
日本では特に美術史を中心に導入され、14世紀―16世紀のイタリア美術を連想させる。高階さんは主にフィレンツェを中心とした古典期ルネサンス(ボッティチェリ、レオナルド、初期のミケランジェロなど)、若桑さんはカール5世による1527年のローマ劫掠以降のマニエリスムを専門とする。
また思想としては林達夫、高階秀爾ともにフィレンツェを中心としたネオ・プラトニズムに強く焦点を当てる。
これに対し林達夫と同世代の渡辺一夫はラブレーを中心としたフランス・ルネサンスを中心に研究。ただ、渡辺が「フランスにもルネサンスがあったのですか?」とよく聞かれると嘆いたように、やはり視覚芸術を中心とした見方では仏は影を薄くなる。
またフィレンツェを中心とした政治的人文主義=ローマ共和政の理念は、ポーコックの描くように17世紀イングランド、18世紀米国の革命言説に大きな影響を与えた。ここにオランダが占める位置を考えることは今後極めて重要になるだろう。 [参照]