戦後演劇史
1960年代半ば大ヒットしたが、「在日」の問題をとりあげたために、急遽打ち切られた「若者たち」などは、ほとんど「俳優座」のドラマといってもいいくらい。若き日の原田芳雄も出ていてなかなかに興味深い。
しかし、60年安保後、安保の顛末を「ボス交」の取引き、と見る視点から福田善之が1963年に『真田風雲録』を発表したあたりから、「新劇」から「アングラ・小劇場」へのヘゲモニーの移行がはじまる。
先に挙げた原田、西村、中村、市原は「俳優座」から1971年に退団。この原田を「師」と仰いだのが松田優作であり、原田、林隆三(俳優座)、藤竜也などが登場する「友よ、静かに眠れ」を撮ったのが崔洋一です。そして崔洋一の師、大島渚が「御法度」で優作の息子、龍平を抜擢しているわけですから、いろいろと繋がっていますね―
また1963年には唐十郎が唐組・状況劇場を設立して記念公演にサルトルの「恭しき娼婦」を上演します。そして、1969年には「新宿西口」付近にてゲリラ的に公演を敢行、機動隊に追いかけ回されながらも、とりあえず公演を終了。このパフォーマンスで「紅テント」は一躍「カウンター・カルチャー」の旗手となります。俳優としては根津甚八、小林薫、佐野史郎、それに唐十郎の妻(現在は離婚)李鳳仙などがいます。