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『自由が上演される』(渡辺健一郎)

難解! 教育場面において「自由」をワークショップ的に学ばせる際に、まさにその「学ばせる」という権力性が自由と矛盾するのではないか……、というところから議論がスタートするのだが、追いつけなくなった(字面は追えるが目の速度に頭の速度が追いつかなくなった)。その中でも最も印象的だったのは「演劇はいかだ」という比喩。いかだは構造的に不安定で自律性を欠いているが乗る人は方向性を欲望している。そういうイメージは腹落ちした。

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