培養ポッドから生まれた純組織のライ 19歳(殲滅編)
この国でも有数の大きな港湾。夜中に突如発生した大規模なシステム障害のため、荷役の積み降ろしや検査が一時停止する事態となった。処理に追われる港湾職員の傍を、1台の大型トラックが行き過ぎる。
車内ではバーボンが助手席から窓の外を見ているが、窓に反射するその表情はどこか不安げだ。
「僕、今でも少し後悔しています。自分一人じゃ何もできないのに、あなたを焚き付けるようにして組織から逃げ出した。追われて、追われて、それでもあなたの手を取って。僕は、いつか報いを受ける」
因果応報。知ってる?バーボンは呟く。
もしも因果に報復されるなら、それは俺の方だろうとライは思う。守ってやると言いながら、その実、頼れるのは俺しかいないとまだ幼い心に植え付けて、決して離れないように誘導する。
情操が未発達なのかもしれない。執着ばかりが先立って、彼の平穏で幸せと感じる生活の中に自分が組み込まれないことが許せない。
「このミッションが終わったら、二人で暮らす家を借りよう」
外を眺めていたバーボンが振り返ってライの目を見る。真剣な顔をしていた彼は次の瞬間にはクスリと笑った。
「何だか不吉な伏線みたい」
「回収されないフラグだ」
目を合わせて笑う。全ての憂いを晴らしに行こう。
培養ポッドから生まれた純組織のバーボン16歳(殲滅編)
下調べは入念に。行動は大胆に。
まずは僕たちが生まれた場所。「人間を造る」研究所を訪れた。今は稼働していないその研究所は、それでも今までの実験データや研究の成果が書籍として、またはサーバーに大量に収められてそこにあった。
「全部、燃やすの?」
「ああ」
バーボンはデスクの上に乱雑に置かれていた研究成果を示したレポートを手に取った。人間と同じ細胞から造られた僕たちは、それでも人間とは違う生き物だ。きっともう、この世界にはたった二人しかいない人間の亜種。
そもそもこの場所を破壊しようと提案したのはバーボンだ。
「僕にはライがいるけれど、もし新しく造られた個体が独りぼっちじゃあ、きっと孤独で苦しいだろうから」
俯いてそう言うのにライが同意した。
時限式の発火装置を数ヵ所に置いて現場を離れる。
二人は何も言わず、ただ力を込めてお互いの手を握る。生まれた場所を失くした彼らは振り返ることもなくその場を後にした。
培養ポッドから生まれた純組織のライ19歳(殲滅編)
正面突破は愚行だ。混乱に陥れよう。
研究所が全焼したという情報が組織で一番力のある人間に届いた頃、ライとバーボンはビルの屋上にいた。
「風向変わらず、風速2メートルへ」
構えたスナイパーライフルから発射される弾丸は、1000メートル以上離れた場所にいた組織の構成員を次々に仕留めていく。血を噴いて倒れた人物の様子を見に来た構成員、それを見に来た構成員。
とにかくボスに行き着く前に全体の戦闘力を削がねばならない。
「風向が変わる」
双眼鏡片手に小さなラップトップの画面を覗き込み、バーボンは必要な情報をライに伝える。
警戒しているのだろう。建物の影にいるのは幹部級だ。発射角度を変え、僅かな隙間を狙う。
「ライ」
いつの間にか大人の声になった、その甘い音に乗せて撃つ。
「バーボン」
オールクリア。決して外さない射手は、彼が信仰する神の名を呼び、その眉間に感謝を表すキスをした。ほう、と息をついたバーボンは熱に浮かされたような表情でライを見る。
「興奮したか?…でも、まだ。もう少しの我慢だ」
さっきまでトリガーを弾いていた左手の人差し指は、優しい仕草でバーボンの目の下を撫でる。目を細め、期待に震える彼の頬を見ていた。
培養ポッドから生まれた純組織のバーボン16歳(殲滅編)
作戦変更は命取りになる。
ライトマシンガン、マシンピストル、手榴弾。予備のマガジンは腰に巻くタイプのホルダーに取り付ける。
武器を積んだトラックの中で、ライは忙しなく手を動かす。
二人で何度もシミュレーションをした。考えて、考えて、それでも最終的にはこれしか勝てる見込みがないと判断した。ーバーボンを囮にする。
ライとバーボンが抜けて、特にバーボンという莫大な金になる予定だった個体を逃がしてしまい、その後弱体化し始めた組織。だが飛び抜けた戦闘力と洞察力を持った幹部は未だボスに忠誠を誓っている。
バーボンは金になる。組織は彼を傷つけたり、ましてや殺したりはできないのだ。バーボンを捕らえようとそっちを向いた瞬間に、全てを終わらせる。
バーボンが持つのは螺鈿の細かい装飾がなされた短刀だけ。
「怖いか?」
「怖くない」
長い髪が銃器のストラップに絡んでいる。バーボンは彼の黒髪を掬って、そこに慈しむようなキスをした。
「僕が髪を結んであげます」
培養ポッドから生まれた純組織のライとバーボン(殲滅編・終)
「僕、あなたの長い髪好きです」
「髪だけ?」
バーボンが視線を上げると、肩の位置よりも短くなった髪が粉塵と風に乱されてぐちゃぐちゃになっている。よく見れば顔も白く汚れていて、頬と
唇には切り傷。
「ふ…あはは」
「君もあちこち汚れてるぞ」
バーボンは口を開けて笑い、目尻を擦る。潤んだ目から涙が一筋溢れて。そうすると堰を切ったようにそれが止まらなくなった。
「うん。ぼく、」
そう言って子どものように泣きじゃくるバーボンの頭を、大きな手が撫でる。
もう、逃げたり隠れたりする必要はなくなった。この子が思い悩み、辛い思いをする必要もない。
「また、伸ばしてくれる?」
「君の望むままに」
ぐすぐすと鼻を鳴らして抱きついてくる彼の姿に懐かしいことを思い出した。まだ二人とも子どもだった頃、誘拐されたバーボンを取り返しに行ったとき。彼は大人たちの死骸に囲まれて「もう放さないで」と抱きついてきた。
本当は不安や悲しみ、辛いことを一度も経験させたくなかった。ただ笑っていて欲しかっただけなのに、ここにたどり着くまでに随分と時間がかかった。
もう何も憂えることはない。ヒトと同じように生き、ヒトと同じように愛し合う。そしてその時がくれば共に死ぬ。きっと、それだけ。