『Keiko』は『想い出づくり。』を最近完走してたことも含めて良い映画体験ができたなあ感があった。自主映画だけあって、日本の若い女の自由についてコメンタリーというよりもっとそのままの物語になる前の素材を差し出されるような。それゆえにキャラクターとの時間共有の映画として、稀有なものになってる気がする。
結婚圧の話を後景にすることでより多角的な個人の話(ケイコさんは主体的に行動してるんだけど…な前半の描き方とか、仕事に熱心にはなる気がない感じとか)になり、同時にかなりシビアなことがほとんど唐突に展開してるのも時代の限界というよりも現実でしかないものの現れと思えて、無数のケイコさんやカズヨさん(やはり母世代である)のことを考える仕掛けになっていて、1979年にここまでこれてたのか…と本当に驚いてしまった。時間の流れがとにかく速いし場面と場面の飛ばし方もびっくりするほどあっけらかんとした繋ぎで、これは編集の映画だなー。台詞が聞き取りにくいのも人間の会話って本来そんなものだよなという感じ。当然ながら古さはあるけど(特に音楽の使い方)同時にその古さが当時の新鮮さだったのが伝わる感覚というか。
裸がたくさん映るけどなんか「体がそこに在るだけ」って感じの裸なのもよい。