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『愛と希望の街』と『ユンボギの日記』をU-NEXTで見た。うすうす感づいてたが、初期の大島渚、別に好きじゃないな?なんかこう、台詞から画面設計から全体的にカチコチしているので肩がこる。なので好きじゃないけど、偉大だと思う。というか「インテリの責任」をこんな太字で大書して引き受ける作風ってやっぱ日本の実写映画の世界では例外中の例外なんじゃないすかね?社会派というのとも違う感じがするな…なんだろうこの感じ。

たとえば『愛と希望の街』での鳩を売る少年がシステムの前になすすべもなく敗北することを描く時、手っ取り早いのはお嬢さんに淡い恋心とか憧憬を見せることだと思うんだけど、そこがゼロ。対等がありえるとすら思っていない相互関係としてまなざしあう。あとお嬢さんの兄、重役を保証されたエリート青年が「セツル(これ、今もうあんまり知られてない単語?)にかかわってた」ことを語る言葉が挟まれるところとかいいんだよな。なくても成立するんだけど、あれがあるだけで全然違う。

『ユンボギの日記』は原作の日記(日本で初邦訳された韓国文学)の引用と監督視点(多分)の詩のような反復される語りを繰り返すんだけど、24分という短編で引用パート限られる中に光復節のところをしっかり使う。

そういう姿勢自体がすごい、と今の私は素直に思う

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