日本人の独特な死生観は過酷な自然環境に由来すると最近確信するに至った。
どんなに頑張った所で、天変地異が起きれば誰であれ人が簡単に死んでしまう。
そしてその頻度が高い。全方位から容赦なく災害が襲う。飢饉も襲う。今でこそある程度命を守れるようになったが、巨大地震や火山の噴火には絶対に勝てない。
そこに近世、「敵以外からは命を奪われる可能性が極めて低い」西欧的価値観を導入した結果、従来的価値観との間に葛藤が起きた。
その風土が培った刹那的で現世利益的、近視眼的で人命軽視傾向が強い民族性。これらは「大自然にあっけなく殺される」恐れが滅多にない世界の価値観とは相容れない。
それを強引に入れてしまったゆえ、頭がおかしくなってしまったのだと思う。
戦士(ソルジャー)を狂戦士(バーサーカー)に変えてしまった。
その一方で、強大な力によってもたらされた被害を甘んじて受け入れてしまう傾向。
その「強大な力」を、「自然の力」と同一視しているのかも知れない。現状維持願望が強いのも、現状維持が困難というか不可能な歴史を経てきたからじゃなかろうか?
日本がおかしくなったのは、明治の瓦解がきっかけという人は少なくないが、これは恐らく正しい。
入れるべきでない価値観を強引に入れてしまった結果ボタンを掛け違えたのでは?

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どんなに苦労して築き上げたって、激流に呑まれ、大地に呑まれ、炎に焼かれ、嵐に飛ばされ…だから日本は全国津々浦々、壊しやすく建て直しやすい木造建築が主流になったと、昔から言うけど。建築に関しては技術の力でようやく大自然に勝てるようになった。でもそうなってからまだ日が浅い。

長い歴史が培ってきた民族性と、それとは元々相容れない価値観の葛藤、これは一世紀や二世紀では、余程自覚を持って努力しないと解決しないだろう。
でも現状、何もしていない。自然に任せたら、あと何世紀かかるかな?

今はその歪みが最も悪い形で結果となって日本人自身に跳ね返ってると思う。

まずは自覚することから始める以外にないと思うのだが、そんなこと出来るのだろうか。
不安だ。

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