『少年が来る』を読みながらこの記事を思い出していた。
「赦すか、赦さないかを決めるのは、被害者の権利」
―【光州事件】あの時、それからの女性たちは
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「日本の植民地支配の加害についても、“いつまで反省すればいいのか”という声があるように、誰が、何を、どこまで、いつまで、というのは常に論争になる問題だと思います。ただ、形式的な謝罪は、より深く被害者を傷つけることになるでしょう。加害者が単に自分の行為について告白するだけではなく、被害者が受けた苦痛について、加害者自らの口で語り、絶えず反省する必要があります。過去に起きたことだけではなく、今に続く苦しみについても、です」
「韓国社会の中でも、“加害者が赦しを乞えば被害者は受け入れなければならない”という雰囲気もあります。ですが私は、間違っていると思います。受け入れるか受け入れないか、赦すか、赦さないかを決めるのは、被害者側の権利のはずです」