ご婦人の出番が終わったあとしばらくして、僕は舞台と桟敷のある会場の、路地を挟んだ向かいにある公民館のトイレを借りに行った。するとそこに先程のご婦人が雨宿りをしていた。背伸びしながら窓の外の舞台の方を覗き込んでいるところだった。考えるよりも先に声をかけていた。
「さきほど歌われてましたよね?」
「ええそうです」少しのはにかみ。
「すごくよかったんです。お召し物もすごくよかったし、なにより歌が、とても素敵でした」
ご婦人は相好を崩すと「あまり知られていない歌なのでどうかと思ったんですが」と応えた。なにより心配していたのは選曲だったと、僕のいきなりの声かけに付き合ってくれた。世間受けのする人気曲にしようか迷ったけれども自分の気持ちいい、あるいは自分の歌の長所が遺憾無く発揮できる曲の方を選んだということだろうか。
「おっしゃる通り、僕は存じ上げない曲でしたが、ちゃんと耳に届いてました」
うふ、と声にならない声が漏れると口を隠してご婦人は照れた。とっても可愛らしい笑顔で。
ここの祭りの本編は実に短い。氏神様のお社で当日朝に行われる準備は非公開だ。
そこからあるものが出てくると、若衆が一気にそれを担いでこの会場へと駆け上がってくる。そして、そのあるもの━━これは縁起物なのだ━━を十数人で奪い合う。我々が見ることのできる部分はそこだけで、それは翌日に行われる。つまり、それ以外は全て余興といっていいものだ。
実は僕は日帰りでこの日の余興だけを見て帰るつもりだったのだが、結局泊まることにして、祭りの全てを見ることにした。
日帰りをやめたいちばんの大きな理由は、その余興に全力を注ぎ込んだこのご婦人の姿勢だったような気がしている。一見祭りとは関係のないところなのだが、むしろここに、この祭りがいかに地元の人にとって大事なものかを僕に知らしめてくれたような気がしたからだ。
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と、いうわけで。
いつか祭りの話を書けたらいいなと思っているところで、今日のところはこれまで。ありがとうございました。