ハワイの海辺で記憶喪失の一番くんを拾いたい②
スペアリブを甘辛く焼いて出したら気に入ったらしく、また作って欲しいと言われた。
距離が近づいて来たと思ったある日、家にガラの悪い男たちが訪ねて来た。
「龍魚のタトゥーが入った男を探している」
男たちも尋人の顔を知らないらしく、龍の姿に魚のような鰭を持つ不思議な生き物の絵を見せられた。
彼の背中に入ったタトゥーと同じ生き物だ。出会った時に一度見たきりだが、あの美しい紋様を忘れるはずがない。
最近日本のヤクザが、近所で揉め事を起こしていると聞く。
あの和風の彫り物はヤクザが好んで入れるものだ。温和で朗らかな印象の彼だが、日の当たる世界の住人ではないのかも知れない。
やはりあのネックレスに秘密があるのだと思う。カプセルのような形をしていて中に何か入っているはずだ。
夕食の際に初めて酒を勧めた。最初は遠慮していたが、一人酒は寂しいと言うとためらいがちに口をつけた。
気晴らしに出かけて見ないかと近所の観光地の話をする。彼は全ての話題に子供のように目を輝かせた。
魚より肉が好きだが、ここで食べる食事はどれも美味しいと彼は笑い、近所の有名なステーキ店の話をすると興味を示した。
ハワイの海辺で記憶喪失の一番くんを拾いたい③
「明日、俺が拾われたビーチに行ってもいいか?」と聞いてくる。
「海が好きなのか」と返すと「ほとんど泳いだこともない気がする」と淋しげに言う。
その顔を眺めつつ、彼の背中で眠っている幻獣の魚を思った。
深夜に彼の寝る部屋に忍び込んだ。
あのネックレスはシャワーの時ですら外さないが、酔って眠っている隙を狙えば中身を調べられるかも知れない。
寝返りを打ち、横向きになった彼の胸から投げ出されたネックレスに手を伸ばす。
手がネックレスに触れた瞬間。それまで深く眠っているように見えた、太く反った睫毛に縁取られた目が大きく開いた。
「何のつもりだ?」と鋭い声で聞かれ、ネックレスが気になった。と白状する。
「これには触らないでくれ」と言う彼に、「身元がわかるヒントが隠されているかも知れないだろう」と返すが、淋しそうに首を振るばかりだった。
記憶が戻ったのかと聞くと「わからない。でもこれは誰にも触らせちゃならねぇと思う」と、悲痛な顔で言う。
翌朝起きると彼はどこにも居なかった。