ハワイの海辺で記憶喪失の一番くんを拾いたい①
別荘への滞在中。自分以外は入れないはずのプライベートビーチで、波打ち際に一人の男が倒れているのを見つける。
持ち物がないばかりか一糸纏わぬ姿だった。
声をかけると必死に怪しいものではないと弁解したが、むしろ彼自身が何かに怯えているように見える。
太い眉を八の字にし、恥ずかしそうに手で股間を隠している。とにかく身体を隠せるようにとタオルを渡した。
落ち着いて話を聞く。自分の名前も思い出せないらしく、身元の手掛かりになるのは意味深なネックレスと背中のタトゥーだけだった。
裸のままではどこにも行けないと思ったのだろう。何か着るものを貸してくれないかと頼まれた。
行く当てはあるのかと問うと力無く首を振る。
身体も弱っているようだし、家で少し休んだらどうかと提案すると、「いいのか?」と縋るような視線を向けて来た。
数日間、別荘で彼と生活した。
会話する時の笑顔は柔らかいが、時たま野生動物のように鋭い目で、こちらの様子を伺って来る。
ハワイの海辺で記憶喪失の一番くんを拾いたい③
「明日、俺が拾われたビーチに行ってもいいか?」と聞いてくる。
「海が好きなのか」と返すと「ほとんど泳いだこともない気がする」と淋しげに言う。
その顔を眺めつつ、彼の背中で眠っている幻獣の魚を思った。
深夜に彼の寝る部屋に忍び込んだ。
あのネックレスはシャワーの時ですら外さないが、酔って眠っている隙を狙えば中身を調べられるかも知れない。
寝返りを打ち、横向きになった彼の胸から投げ出されたネックレスに手を伸ばす。
手がネックレスに触れた瞬間。それまで深く眠っているように見えた、太く反った睫毛に縁取られた目が大きく開いた。
「何のつもりだ?」と鋭い声で聞かれ、ネックレスが気になった。と白状する。
「これには触らないでくれ」と言う彼に、「身元がわかるヒントが隠されているかも知れないだろう」と返すが、淋しそうに首を振るばかりだった。
記憶が戻ったのかと聞くと「わからない。でもこれは誰にも触らせちゃならねぇと思う」と、悲痛な顔で言う。
翌朝起きると彼はどこにも居なかった。