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「三井サンは距離が近い」

 三井サンは距離が近い。あんなことをしでかしておいて、あっという間にバスケ部に馴染んでいるのは持ち前のバスケセンスと練習に真摯に向き合う態度が部員達の心を打ったのもあるが、人見知りとか遠慮とかとは無縁の対人関係の取り方にあると思う。三井サンは『黙ってプレイするじゃない』というダンナの指導を具現化したかのように練習中もそれ以外でもよく喋った。バテていても声出しは怠らない。アドバイスも的確で教え方も上手い。中学でエースでキャプテンを務めてたような男の言葉は説得力もあった。多少のガラの悪さも花道の存在に相殺され一年の奴らは一つ上の俺たちや厳しいダンナより三井サンと話す方が気楽だったようだ。
 三井さんは距離が近い。大事なことだから二度言う。
 人懐こい陽キャはスキンシップに躊躇がない。肩を抱いたり頭を撫でたりごく自然にやってしまえるようだ。俺だって試合の最中ならそこそこできるけど、普段からあんなに自然に他人に触れるのは無理だ。ああいうのは仲のいい親兄弟でしかしないものだと思っていた。いまも何やらしゃべっていた桑田の頭を雑に撫で回している。

 ほらまたすぐそういうことする。俺もよくやられてその度に髪が乱れるからやめろと言っても、「悪ぃ悪ぃ。」なんて口先だけで謝って一向にやめない。桑田は「やめてくださいヨォ。」なんて言ってるけど顔は笑ってて本気で嫌がっていないのがわかる。え、まさか俺も実はあんな顔してたりしないよな?ちゃんと嫌な顔してるよな?
 そんなことを考えてたら三井サンと目が合った。桑田から手を離しこっちに近付いてくる。あ、見すぎて睨んでいると思われただろうか。俺の前までやってきた三井サンがじっと俺を見下ろす。こういう時もなんか一歩距離が近い。そしていきなり手を伸ばしてきたかと思ったら俺の頭を撫でた。
「はぁ?!何すんだよ!」
 ほらちゃんと不快ですよって言葉が即座に口から出てる。桑田とは違って本気で嫌がってる顔してるはずだ。咄嗟に手を払わないのは腐っても三井サンは先輩だからだ。
「お前も桑田も癖毛だけど触り心地が結構違うよな。」
 三井サンは俺の言葉など気にもせず撫で続けている。
「宮城はがっちりセットしてるのに結構ふわっとした手触りだな。桑田の方がちょっとごわっとしてる。」
 お前は癖毛ソムリエか。だから苦労してセットしてんのにそんなに掻き回すと乱れるだろうが。

「そんでこのふわっとしたとこと刈り上げてるとこの感触の差がたまんねぇわ。」
 刈り上げた俺の後頭部を三井サンの指がさりさりと往復した。
「しつけぇんだよ!乱れるからやめろ!」
 今度こそ手を払いのけて怒鳴る。やっぱり三井サンはちっともそう思ってない口調で「悪ぃ悪ぃ。」と笑っている。
 俺は距離を取るために体育館の端に移動した。ドッドッドッと心臓が早鐘を打っている。俺にも、他のやつにもそんなに軽率に触るんじゃねぇ。
 後頭部を滑る指の感触がまだ残ってる。背筋に走った痺れを早く追い出さなければきっとまずいことになるだろう。
 (だから、乱れるからやめろって言ったんだよ。)
 乱れるのは髪ではなく心の方だった。
 
 これが恋だと自覚するのはまだ先のことだ。 

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