ひかきみを見ていて振り返る鎌倉殿 

小四郎も道長も、ざっくり言ってしまえば「権力を手に入れ、元々願っていたものとはかけ離れた遠いところに行き着いてしまった」展開なわけだけれど、、ひかきみはまひろと道長の起点に「貴族ではない庶民のため」というポイントがあるので、文字を教えたり流行病の救護所に行って看病したり……という部分が「若い頃の傷みと青い夢」として曖昧に終わっていったらやだな~の気持ちがある。
そこは「エモ」でまとめられんじゃろ。

ききょうが道長のことを許さないままでいてくれるんじゃないかと思うので、作中でのバランスは殿よりは取りやすいのかもしれない。殿はなにせ諸々を知っている生存者が少なかったし……。

政子は「自分の手も汚れている、小四郎だけのせいにはできない(けどそれはそれとして薬は床と袖に飲ませはする)」し、大江殿も平六も小四郎(北条家)を「断罪」する意思はないし、泰時は小四郎のやってきたことの全容は知らない。
ききょうのように「どのような事情があれど、断じて許しません!」を明確に打ち出せる立ち位置のキャラクターが殿のラストにはいなかったよね……というお話。

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鎌倉殿 

「お前……変わっちゃったな……」の果ての、政子姉上からの「もういいのです」で、“小四郎なりに精一杯がんばったけど、でもお前は酷いことをたくさんしたよ”の最終的なところは視聴者に委ねられたなーと思っていて、作中描写としての「断罪」「裁定」ではなく、視聴者がそれをどうするかを任されるのもハードなのよな……>殿
大河のボリュームがあるから選べた方法だと思うし、やたらとできる手法ではないと個人的には考えている。

ひかきみがその辺りをどう捉えているか判らないため、道まひのソウルメイトはエモ!で押し切られたらやだな~。

殿のあのビターで重厚なラストは、「言うて政子もクリーンな立場ではない」ことと、「それはそれとして実子(たち)を死に追いやられ、当の弟は我が子泰時泰時言ってりゃそれはね……」の妙味よな。
政子と小四郎がお互いに「自分を置いていかないでくれ」「お前も共犯だ」の後ろめたさや、自分を引き留めた相手を責める気持ちがあり、その上で姉と弟の情だとか、ある種の「もうお互いしかいない」みたいなところもあり……やっぱ鎌倉殿好きなんだよな……。気軽に見返せないけど……引きちぎれちゃうから、私が。
毎週小分けにして「はい!今日はここまで!」だからこそ完走できたのよ……。

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