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そしてここで問いたいのは、この映画が描く労働は、近代が始まって以来常に存在してきた、単なる長時間労働なのだろうか、ということである。私はここには、質的な変化があると考えている。その変化とは、私たちの時間や主体性のうち、「余暇」に属するものや、労働とは関係のないはずの「活動」や「人間性」が、全面的に労働のための資源となっているような変化である(これをポストフォーディズムと呼ぶこともある)。

 「ラストマイル」はそのような変化のある重要な側面を捉えている。それは「消費」が現在の資本主義においては重要な「労働」の一部となり、また労働(職業)も消費活動であるかのごとく(ギグワーク的に!)とっかえひっかえして行われるような側面である。消費と労働の区別が曖昧(あいまい)になって、全てが一つのシステムの中に溶け込んでしまっているような風景だ。(引用)

これはプラ解の論点にも通じますね。
筆者の方からプレゼントされていたのでシェア。いつまで読めるかは不明。
digital.asahi.com/articles/ASS

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