言説の害悪というのは逐語の際に選定される言葉の不正確さに起因するもので、バズワード化やマジックワード化というのはその所産でしょう。たとえば「印象操作」や「上級国民」といった言葉がそう。もともと誰がどういう場面で言った言葉だったか忘れられて過剰に流通すると、後から付加された意味によってキャパオーバーしてある言葉が死語になる。「上級国民」なんて言葉を階級闘争的な意味で左派が援用することなんて、本来であれば有り得ないわけ。この世界はときに理不尽で、ときにナンセンスなものだけど、そこで生きるわれわれの言葉が必ずしも「現実」のうつし鏡である必要はないだろうってことです。