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「ふだんから助け合ったり接点がないと助けられない、助け合いできない」というのはニーズがわからんというのもあるし知らん奴のことに親身になれないもあると思う。どちらもその通りだと思う。だからこそ、共助なんて言葉は積極的に使うものではないと思う。

ここでは他者から接点を持とうと思われにくい属性だったり接点を持つことがリスクになる様な属性の人たちは取りこぼされる。

わたしは共助という言葉は自助の「自」を社会性にまで拡張した概念で「公」を免責するハイパー自己責任論だと思う。

公が担うべき責任を私的なコミュニティに肩代わりさせて不平等、不公平な采配に委ねることを美談にしてはならない。

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