続き。
・ちなみに、馬歓と同様に鄭和に随行した費信の『星槎勝覧』のモルディブ章にはタカラガイの記述はない。馬歓くんによると「モルディブは小さい国で、宝船も1、2隻しか行かなかった」そうなので、実際には鄭和さんモルディブには行ってないかもしれない。馬歓はひょっとすると自身が行ったのかもしれないし、何だったら鄭和からタカラガイの話を聞いていたので特に書き留めたぐらい想像を逞しくしてもよかろうと思う。
なお、「タカラガイ 腐らせる」でぐぐって見つけて参考になった記事はこちら。殻を残すか身を味わうか、根源的な問題だ…
https://dailyportalz.jp/kiji/takara-gai-sagashi
・ついでに脱線すると、費信の報告は割とちゃんと報告報告していてあんまり「あれが可愛い、これが美味しい」を熱弁することはないのだが、馬歓が詳述している上に費信も珍しく言及している数少ない物産がドリアンです。多分、鄭和艦隊の上層部みんなで食べて、美味しいと評価が一致したのだと思う。
(まだ続く)
続き。「天灯」の構造のネタバレをするので一応伏せ。
成功しているかは別として、「天灯」の設計図はこんな感じで考えていました。中秋の夜の思い出話をBにするAの語りと、その後のどこかの時点で、Aの語りを踏まえつつ中秋の夜の出来事をモチーフにした食籠の図柄を第三者に語るBの語りが交互に来る構造で、Aの語りだけ読んでも、Bの語りだけ読んでも、ABを順に読んで行ってもそれぞれで話が通じるようになっている筈…!です。Aが呂颯でBが鄭和さん。
何でそういうややこしい構造にしたかと言うと、一つは呂颯が極めてプライベートな打ち明け話を始めてしまったので、その聞き手が必要になったこと、その際にアウティングみたいなことにはしたくないなと思ったこと。もう一つには、呂颯の語りを契機として鄭和さんが一人称の語りを獲得していく、みたいな話にしたかったから。現存する鄭和さん関係の碑文をはじめとする文章、とにかく個性が全然感じられなくて非常に歯痒い思いをしていたので、「いつも三人称ですかしてないで、たまには一人称で語ってみろよ」と。なので食籠の説明で三人称で語っているあたりも一応鄭和さんの語りのつもりです。成功しているかは別として…(正直、あまり自信はない…)
(今日はここまで!)