さっきのBTとかトゥートから自分の社会的な振る舞いや声や身体について回想していたんだけど、自分が人と話すとき尋常じゃなく疲れるのは、喉を引き上げるために筋肉を緊張させている影響もあるかもなあ、てかある!と気付いて、ショックの波引きずりまくってる

最近、通話アプリで誰かとコミュニケーションすることに関心持つようになって少しずつ取り組んでいると、「もうこれ以上話し続けられない」と感じる閾値みたいなのがあって、そこまで行ってようやくご飯食べるから落ちますーとか言って接続を切ってた(その場から離れるしか対応がわからない)、話し終わるとドッと疲れているていうのが悩みだったの

声を使って話すとき反射でいい子を演じようとしてしまい、「失敗すること」「空気の読めないやつ」と思われることを過剰に恐れて(実際に空気を読めているかはともかく)、あぶれないように一生懸命適応しようとして、でもそれはわたしの身体の持つらしさからは逸脱しているので、偽り続けないといけなくて、ということを子どもの頃からやっているとその場その場で発声する声も違ってきてしまって、作った自分の声を聞き続けることでいっそう作っていない自分らしさを認識することが困難になってしまったんだねーという

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「オーセンティックボイスを取り戻すこと」をしばらく目標に掲げてやっていきたい
やっていきますからね

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