大江健三郎さんが亡くなった。
大学生のころ、南仏に留学して数ヶ月が経ち、日本語に飢えていたわたしに、母が適当に見繕って送ってくれた本の中に『雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち』と『人生の親戚』があった。
それほど読書家ではない子どもだったので、これが初めての大江文学との出会いだった。今から考えれば、初期の大江さんではなく、この頃、いわゆる中期にあたる小説から読書を始められたことは良かったような気がするし、今でもこの頃の作品が一番好きだ。
この二冊を、それこそ数え切れないぐらい、異国での孤独な時間に繰り返し読んだことが今の自分を大きく形づくっていると感じる。
大江さんは、その小説はもちろん、講演やラジオでのお話も好きで、これも何度も何度も聴いた。あの独特のアクセントと、書き言葉のように「〜だった」などとセンテンスを区切るそのやり方、ttaという音の柔らかさが大好きだった。
いつしか、この日を迎えることを思うだけで悲しくなっていた。今、本当に喪失感が大きい。こころからご冥福をお祈りします。ありがとうございました。