『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』読了。
当事者への粘り強いインタビューで迫真性の高い山岳遭難事故のルポルタージュを世に送り出してきた羽根田治氏が、大正期から2000年代までの10の山岳遭難事故を取り上げて検証した、いわば歴代の登山事故総まくりの書。
その切り口は羽根田氏らしく現在でも教訓となり得る基準であるため、例えば規模だけならぶっち切りの八甲田山雪中行軍大量遭難事故は含まれていない。
また過去の事例では当事者へのインタビューが不可能だが、なお胸に響く迫真性を帯びているのは自らも豊富な登山経験を有する羽根田氏の力量だろう。結果として、時代を超えた普遍性とその時代ならではの慣行を織り交ぜた教訓にも資料にもなる本となっている。
最初の「木曽駒ヶ岳大量遭難事故」はまだ登山が一部の富裕層のレジャーだった時代であり、登山学習の最初期であった時代背景がある。そこには教師たちの教育理念も色濃く反映されていたが、根本的に人の命の軽い時代だったのではないかと思わざるを得ない。
というのも、宿泊予定の山小屋が崩壊していた事が豪雨から来る低体温症の原因であり、それは企画者らが下見をしてさえいれば未然に防ぐことができたから。
(続く)
(承前)
それに対して、1970年代に松本深志高校の登山実習で発生した落雷による大量遭難事故は何から何まで不運と言うしかない。唯一当時の教師達が責めを負う事があるとすれば落雷を想定していなかった事だろうがそれも結果論に過ぎない。現在も同様の遭難が起きても全く不思議ではない。
最後の3例は1980年代以降に発生した中高年登山による事故事例。どれもみな酷い有り様だが、お粗末というより恐怖すら感じたのは「トムラウシ山遭難事故(2009)」。ツアーを企画した「アミューズトラベル」は事故後も営業を続け、3年後の万里の長城ツアーでも杜撰な企画により当事者を出し、ようやく業務停止命令が出た。
あと不気味だったのは、持参した防寒着を着用しないまま死亡した参加者がいて、そんな事にまでガイドの指示を求めていたらしい事。「登山は自己責任」という当たり前の原則さえ知らなくても「ツアーなら大丈夫」と思える精神構造が怖い。
いやあ、怖い怖い。(←自分からは登山しようとしない人の気楽な感想)