コイカラ09(あむあず)
もっとも、こんなことで感じたくはなかったけれど。
泥棒、と叫びながら走る梓を、町の人々が驚いた顔をして振り返る。道を開けてくれるから走りやすくはあったけれど、それは前を走る泥棒もあまり変わらないので距離は縮まらない。
待て、と走りながら声を上げて、盗られずに唯一手に持っていたボトルを振りかぶる。そのまま勢いよく前の男に向かって、そのボトルを投げた。
ほぼ同時に、青年が走る泥棒の前に立ちふさがる。
「何だおまえ、どけ!」
邪魔だと怒鳴って凄む男に青年は怯むことなく、男の胸ぐらを掴み上げる。足を払って、男の身体がピンクと青のコントラストが美しい宙を舞った。投げられた泥棒が地面に強く叩きつけられる。
パンッと手を払って振り返る青年の淡い金色の髪が、振り返るために動いてさらりと流れる。その金の色が、景色を彩る色と相まって幻想的に映える。
「大丈夫──」
──ゴンッ。
梓に向かって手を伸ばした青年の額に、鈍い音を立ててボトルがぶつかった。見事なクリーンヒットに、青年の身体が後ろへ傾く。そのまま、重力に従って石畳の硬い地面の上に倒れ込んだ。
「きゃあっ!」
青年の額にぶつかったのは、泥棒の足を止めようと梓が放った彼女のボトル。