Everyday is mineーThe life of Pedro Jose Lobo
マカオの銀行屋さんの伝記。2年くらいかけて読み途中。非常に面白いのですが読むの遅いので、紹介も小出しでじわじわ書きます。
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007「ゴールドフィンガー」私は観ていませんが、そのモデルと言われるマカオのビジネスマン、ロボ氏の伝記をちまちま読み。ブレトン・ウッズ体制下で金の密輸で儲けるスキーム、何度紙に書いてもわたしには分からん。経済音痴……

描いてみた、やはりわからない。

錬金術師ペドロ父さんの出自は数学の先生。専門知識を持ったコスモポリタンであり敬虔なカトリック。二次大戦中に日本軍に包囲された中でも、香港からの避難民の子女が英語教育を受けられるよう奔走した人でもある。小国の生き残りは一筋縄ではいかない。 

  第16章、大戦後ついに阿片が非合法化され、収入源を模索するマカオ。代わりにブレトンウッズ体制下の金の密輸でボロ儲けするペドロおじいちゃん。悪賢いと言えば悪賢いのですが、密輸用のおんぼろ飛空艇を買い取ったり、航空会社の登記上の都合で息子を英国人にしたり、家族的な愛と勇気で窮地を切り抜ける伝説がまだ力を持った起業家の夢ある時代だったと言えなくもない。

作者はおじいちゃんの会社の飛行機で初めて香港からマカオへ飛んだ時の思い出を美しく書き留めています。


“A substantial portion of gold that arrived in Macau was smug- gled back to Hong Kong. Some estimates put the amount at 80%. Macau’s smugglers had transported all kinds of goods between Macau, China and Hong Kong evading Japanese patrols during the war years; here came a new opportunity for them to use their know-how.”

「マカオに到着した金の大部分は香港に密輸された。その量は80%にも上ると推定される。マカオの密輸業者は、戦時中、日本の監視をかいくぐって中国・マカオと香港の間であらゆる物資を輸送していた。と言うわけで、そのノウハウを活かす新たな機会が彼らに与えられたというわけだ。」帝国軍は知らぬ間に手ごわい相手を訓練してしまっていた。

「ケシや人間を売る仕事から皆が気持ちよく手を引けるなら、それは神の御心に叶うと思わないかい?」とか、上品で小柄なビジネスマンにイタズラっぽい目で問いかけられて、ポケットに純金のカマボコ指輪を突っ込まれたら私はそれ以上追求できる気がいたしません。

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第16章続き。金密輸で潤うマカオ、しかし偏った富は闇の勢力を引き寄せる。密輸団の武装ジャンク船、飛空艇ハイジャックとその最悪の結末、ただ1人生き残った強盗団の首領から自白を引き出すため、マカオ警察は暴力団の男を囮捜査にスカウトする……、などなど、リアル香港ノワールの話題が続々飛び出すので気になる方は買ってあげてくださいね。DeepLがあれば電書で快適に読めるよ。

3年後釈放され、故郷の中国に引き渡された容疑者は謎の事故死を遂げる。

まっくろですがな。

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第17章
多忙を極めるマカオの政治家にしてビジネスマン、ペドロおじいちゃん。しかし守銭奴であったわけではない、彼には若い頃から芸術への強い愛情があった。そんな人がお金を手に入れたらどうするか。ラジオ局を買って自作の曲を流す。楽団をつくる。文芸誌をつくる。戦争が終わったのだからやりたいことはなんでもやるのだ。

自作のオペレッタの主人公はなんと日本人の「バロン・オケド」と英国人女性との悲恋、これについてはまた後で。

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第17章続き

ペドロおじいちゃん入魂のオペレッタ「無情別離 Cruel Separation」

日本の青年貴族「バロン・オケド」は英国人のレディ・ジェーンとロンドンで運命的な出会いをし、結婚した2人は日本で暮らし始める。しかし無情な軍国主義者の手が、世界を知り平和を愛するオケドに迫り、愛し合う2人は別れ別れに……。

筆者である孫のマルコ氏は、オケドのモデルは日本の岡田啓介元首相ではないかと述べています。

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どうもペドロ氏は、穏健派の日本人についてはそれなりの親近感を持っていたらしい。中立地域として様々な勢力と関わったためかもしれない。作中、東アジア唯一の平和の地としてマカオが言及されるとのこと。密輸と取引と策謀の上に成り立った平和を、それでもペドロ氏は誇りに思っていたのだろう。

まさに日本軍に包囲されて餓死者が溢れる街で、1人のビジネスマンが心の隅に、異国の青年政治家と美女とのロマンスを思い描き、いつか作り上げたい音楽の旋律をハミングしていたことを想像してほしい。それはロマンス以上にロマンチックなことだ。

第18章

「007」のイアン・フレミングによって面白おかしく描かれた、マカオの闇「ゴールドフィンガー」の虚像。ペドロの孫である筆者は、フレミングが書き残した祖父との会談を例にとり、祖父のもてなしの心を揶揄することと引き換えに、幾分のエキゾチシズムを交えて読者を楽しませようとしたフレミングの筆致を淡々と追いかける。この辺は、適当なイギリス人エッセイストに度々セントーやスシをおちょくられてきた我々にも思うところはあるでしょう。だよな。

フレミングはペドロ氏を眼科医と書いたがドクターはドクターでも経済学博士です、など。当事だとレア級ですよね経済学博士。

ペドロ亭で振る舞われたランチを「ふやけたマカロニの入ったスープなど記憶に残らない昼食」と書いた箇所に突っ込んでるのは、マルコ・ロボ氏の小説JINCANを読んだことのある私には面白かった。このお孫さんは食事描写がすごく細かいんですよ。あとマカオ料理って派手なところなくても美味しい。日本軍を胃袋でたらし込んだペドロおじいちゃんの出すものが美味しくないわけないんですよ。フレミング氏は味音痴か、事実をねじ曲げがちだったのではないか、と示唆している。と読みましたが。

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ああ読むたびにまたマカオ行きたくなります🇲🇴坂道と爆竹と教会。

第19章

1960年代、マカオは次の主要産業を金密輸からカジノ経営へ、そしてその近代化を目指す。前の章と比べて地味で短いですが、おばさん大人だから入札の話とか大好きなんだ。

長らく入札には1社だけが入っていたが、ペドロは入札担当者としてその前例を覆し、スタンレー・ホーの会社に香港との高速艇を運行することを約束させる。また、伝統的な中国風賭博を刷新して現代的なカジノとホテルを建設することも。マカオを旅した人は、あの風景と高速艇がこの時整備されたことを知るでしょう。シムシティだ!

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第20章

そろそろ本も終わり。話はペドロおじいちゃんとその子孫たちへ。
香港に住むスコットランド系ポルトガル人のヒンドマン一家の娘に猛アタックした若き日のペドロは、ティモール系の血が濃い見た目であるという困難をおして見事花嫁と結婚する。(当時は特に気にする親族がいたらしい)

その長男ロジェリオは香港の中国系英国人と結婚して作者が生まれるので、作者のルーツはポルトガル、東ティモール、スコットランド、中国と、長い歴史を背負った非常に複雑なものとなります。

若くして妻を亡くしたおじいちゃんは、6人の子供を育てながら決して再婚しなかったわけですが、そこは酒と音楽と美姫を愛する敬虔なカトリックの人生であるからして、作者はその後何人かの「いとこ」たちと知り合う機会を得ることになったようです。

数々の後ろ暗い交易の歴史に代わって、マカオの主要産業となったカジノは、それを統率していたはずのペドロの人生にも影を落とします。愛する長女マリエッタがギャンブル依存症に陥るのを、彼はその目で見ることになりました。

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ペドロの死後、子供達の多くはマカオを離れ、香港やダーウィン、ポルトガル本国などへ移住していきました。この辺はコスモポリタン的な家族のあり方を思わせます。港から港へ、交易で仕事をしている人々の生き方なのでしょう。 

購入記録を見たら、2022年の8月末でした。読むのに1年半くらいかかっています。最近は英語の本はDeepLを併用して読むのですが、先生結構センテンスを読み飛ばすので、そこは確認しながら。

補遺1: マカオと日本との歴史的つながり
本編が終わった後、最後に9ページを割いてマカオと日本との歴史的な繋がり、作者の述懐が語られています。(別に日本人向けの本ではないし、日本で売っている本でもないので、これは特別なことだと思う)

17世紀に国を追われた日本人キリスト教徒難民を受け入れたのがマカオであったこと、19世紀に米国へ流れ着いた漁民の少年がマカオに送られ、やがてペリーの通訳として働いたこと、開国した日本が西欧の帝国主義を模倣し、やがて中国大陸に手を伸ばしマカオを包囲したこと。ペドロは日本軍との関係を保ちながら、ひそかに英国軍を支援し、香港の再興を支援したこと……。等々。

話は日本とロシアと満洲における対立にも及び、おそらくはここで書くには別の話ともなることから、途中で静かに閉じられます。

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「東京での学生時代を振り返るに、日本による香港占領時代と同時期のマカオがどうであったか知るにつれて、私は毎日顔を合わせるこの穏やかで礼儀正しい人々が、二次大戦中の残虐行為に関係したことが不思議でならなかった」……

……つまり、今度はこちらが読み、語らなければいけない番だということかもしれない。

同時代の大叔父の手記、リライトした母が生きているうちに読んで疑問点を聞き出しておこう。あああ気が進まないなああああ

読んだ。読んでしまえばあっさりしたもの、とはいえ子供を持つ身にはこれは辛い。

そのような人々は、関東平野限定で生きてきた私からするとノマドめいて見えるが、では彼らに何かコミュニティや国家のようなものへの忠誠心がないかというとそんなことはない。ペドロの場合、血筋は東ティモールで育ちはマカオ、侵略者である日本人にも理解はあったけれど、その忠誠心はポルトガルのものであったし、あるいはまた彼の住む都市の自由のためにあった。

この辺は面白いですね。頭にピアソラの「吟遊詩人のミロンガ」が流れる。

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