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琉球にあった芋を薩摩が日本へ伝えた事で「さつまいも」となった。
琉球にあった芋は中国からつたわった「甘藷」であり、唐芋などと呼ばれていた。
伝えてくれた国に敬意を払い「唐芋」と呼んでいた琉球と違い、薩摩は奪った芋に自分達の名をつけて「さつまいも」と呼んだだけ。

日本にならなければ琉球は今も貧乏だ、という言説は「芋・裸足論」と呼ばれ、琉球侵略を正当化する意味でよく用いられるが、薩摩が支配するまで琉球が豊かな国だったというのは歴史が証明している。

薩摩の芋で飢えをしのいだ、というのは嘘。

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