このハーバード大学E.ライシャワー日本研究所、例の三菱プロフェッサー、M.ラムザイヤーが在籍しているようだ。
ラムザイヤー、「ゲーム理論」に基づいて、「従軍慰安婦」制度のける「契約力学」に「強制性」はないと主張した男。1980年にサントリー学芸賞受賞、専門法と経済学。2018年旭日章受章。
そして、この「SDGs Festival」、日経と三菱地所が主宰、とあるから、「語るに落ちた」とはこのこと。
ラムザイヤー事件の際、「ゲーム理論」それ自体には瑕疵はない、とする意見もあったけれども私はそうは思わない。
米国の政治科学(Political science)ある時期、以降「ゲーム理論」派の制圧されたが、それに比例して「政治」を分析・叙述できなくなった。
「法と経済学」という怪しい分野はロースクール制度の大失敗で拡大できなかったが、政治学の世界では多いに勢威を振るっている。
とともに、政治学は歴史も(国際)政治も社会変動も分析できなくなった。
これは経験科学としての「物理学」の「可能性の条件」を批判的に検討せずに「猿真似」した結果とも言える。
しかし、フォン・ノイマン、AIはともかくとして「ゲーム理論」は余計なことしてくれた。
@yoshiomiyake しかもこの論文、利用している史料や先行文献の参照が無茶苦茶でして…
訂正)
「従軍慰安婦」制度における「契約力学」(正)
しかし、「契約力学」ねー。ゲーム理論の概念だが、やはり「性奴隷制」を扱うのには、そもそも「不謹慎な」印象を拭えない。
であるから、3世紀に渡る大西洋奴隷貿易などは「ゲーム理論」は叙述しようがない。(勿論する気もないが)。
またWWIやWWIIのような「世界戦争」を叙述できたこともない。ま、「彼ら」にとって「叙述」という言葉自体がペジョラティヴ(侮蔑的な)なコノテーションをもつから、これはもうどうしようもないけれども。