「漆黒のヴィランズ」、エメトセルクとの対決直前まで来た。
エメトセルクが放つ言葉のしんどさというのは、「生まれながらにしてお前達は劣っている」という響きのしんどさ、しかもそれが今のところかなり「事実」であるとしか思われないしんどさだな、と。
命の価値は古代人であれ今の人間であれ平等だ、と言い返しても言い返したことにならないのは、ゾディアークのために善良な古代人の半数が我が身を犠牲にしたという話があるからだろう。お前はそれができるか?そのような善良さを人間に期待できるのか?できないじゃないか、と言われると、もう返す言葉がない。
そこで提示されるのが知性や能力の高低/多寡といったものであれば、単なる能力主義でしょと言えるけれど、そこで自己犠牲とか善良さを提示されると、という。
ゾディアークに捧げられた全古代人の内の半分の命を天秤の片方に乗せた時、右に同じだけの数の「今の人間」の命を乗せて釣り合うと思うのか、という話なんだよな、エメトセルクの言っていることは。
エメトセルクにとっては彼らの命は何者にも代え難くて、他のものでは代わりにならない、贖えないくらいのものだから、だからゾディアークに他の命を捧げて取り戻そうとしている訳だろう。
彼の心の中の最も美しいところ、最も善良なる特別な席を与えられた人々が、命を踏み潰す理由になっているのが辛い。それは例えばヒカセンで言うと、オルシュファンと他の人を引き比べて他の人を「劣っている」と見なすような営為じゃないか、と思う。