前々々職の実用版元で書店営業をやらされていたとき、定年後再雇用でベテランのSさんについて店舗を回っていた。とてもパワフルな女性で、書道の師範であること、書道の関係で今から何十年も前に中央アジアを旅して、砂漠でラクダに乗ったことなどを営業の合間に聞いた。
延長した5年を勤め上げてSさんが退職したあと、部長と同行の際に「Sさんとは何を話していたの」と訊かれて、ラクダに乗ったことなどです、と答えたら、部長は「初めて聞いた」と驚いた。最初は部下として、後には上司としてSさんと数十年いっしょに働いていたはずの部長こそ、これまで何を話していたのだろう、と思った。
前々職のITベンチャーでは監査法人の人と飲む機会があり、小柄で穏やかそうなその人は趣味は登山です、と自己紹介した。
どんな山に登ったのですか、と訊かれた彼は「アコンカグア」と答えた。まさか南米大陸最高峰の名前が出るとは思わず、私はたいへんびっくりしたし、詳しく話を聞きたかったのだが、弊社(当時)の社長の下ネタにかき消されてしまった。惜しかった、アコンカグアに登頂した話を聞きたかった、と今でも思う。