五・一五事件で首相官邸表門に向かった三上卓らの班「「これからいよいよやるぞ。用意はいいか」三上の声に、山岸がうなずいた。車に戻った三上は、首相官邸へと車を向かわせる。だがどの建物が官邸なのか、三上にはわからない」(小山俊樹『五・一五事件』中公新書、2020年)だったそうで、暗殺を舐めとんのかと。
太宰治が「苦悩の年鑑」(初出1946年)で二・二六事件について、
「関東地方一帯に珍らしい大雪が降った。その日に、二・二六事件というものが起った。私は、ムッとした。どうしようと言うんだ。何をしようと言うんだ。
実に不愉快であった。馬鹿野郎だと思った。激怒に似た気持であった。
プランがあるのか。組織があるのか。何も無かった……
組織の無いテロリズムは、最も悪質の犯罪である。馬鹿とも何とも言いようがない。」
と書き、
「このいい気な愚行のにおいが、所謂大東亜戦争の終りまでただよっていた。」
と書いた、その「不愉快さ」を思い出した。