※『バービー』の恋愛と性についてのネタバレ
世の中では(マーゴ)バービーとケンがつがい扱いされない展開を「男に依存しない女」的に評価する声も少なくないだろうけど、私はどちらかというと、バービー世界での彼女が最初から最後までAroAce的に描写されていることのほうを、好意的な意味ですごく興味深く感じたんだよね。セックスが排除された世界観は、作品をマテル社のコード内でしか作れないという大資本プロダクションの限界を指すのではなく、むしろ規範からずらす意図でもらされたものだと解釈した。
ステレオタイプバービーは人間界の性的な欲望を投影され、それを反映した体型や服装にさせられているように見えるが、彼女自身には「かわいい」「楽しい」しかなく、人間界でそういう視線をぶつけられて初めて居心地の悪さを感じる。あのあたりは女性の自己表現と客体化のズレの問題だと受け取る人もいるかな。でも、そもそも「セクシー」がファッションとしてしか存在しない感じに思えた。
※『バービー』の恋愛と性についてのネタバレ
ただ、ロビーのインタビューでは「人形に生殖器はないから性欲もない」という論理になっていて、私はそれもちょっと妙な話に感じる。確かにバービーもケンもヴァギナとペニスがないつるぺた股であることが強調されてはいるんだけど、そうなるとラストで人間になった=女性の生殖器を得た=だから婦人科に行っている(妊娠したという意味には限定されない)マーゴバービーには、対人恋愛感情と性的惹かれが芽生えてしまうのだろうか?
「バービーは仕事の面接に行くのかな?」「人間界でどんな活躍をするんだろう」という様々な期待と予想を裏切るこの意外なラストは、私は「死も老いも苦しみもある人間の複雑さを肉体ごと得た」という意味で受け取ったのだけど、あんまり生殖器にフォーカスするのもなんだかなぁという気持ちも微妙にあり、あのあたりは人の感想を聞いてみたいのよね……