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同じ年代の知人が奨学金返済を終え、お祝いをした。
ひとしきり苦労話に花が咲き、返済あるある話なんかが一段落したところで知人が「私たちの世代ってさ、少しも奨学金負担を配慮する言葉なかったよね。社会も議員もニュースも」とポツリ。
確かに…今の時代でこそ奨学金返済は負担で可哀想、とされるが自分たちは常に「借りたもんは返せ!甘ったれるな!根性なし!」であった。

自分の話になるが…以前、奨学金完済したか若い人に聞かれ、完済したと言ったら「いいですね。やっぱ上の人って恵まれてますよね。俺らは一生返済っすよ」と。
恵まれたところはあったろうと思うが、非正規労働者ながら仕事をいくつも掛け持ちし休みなく血尿出しながら働き、常にどこか具合が悪く、恵まれた文化的健康な生活かと言われると微妙だ。途中返済に窮し、奨学金窓口に相談したが若いんだから頑張れ甘えるなと担当者に追い返された。今なら問題になるだろう。

知人の話に戻るが、結局、どの家に生まれるか、も大事だろうが…どの時代に生まれるか、も大事なんだろうと感じた。
運も実力のうちというが、運に翻弄されない…文化的健康で最低限の生活を得ることが運次第にならない社会を構築することこそが、政治の役割だろう。

さて…今の政治はどうだろうか。

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